うつ病は「ウイルスのせい」なのか? ヘルペスウイルスのたんぱく質SITH-1を、脳のエネルギーから読み直す

2020年、うつ病とヘルペスウイルスの関係を示した研究が、話題になりました。

東京慈恵会医科大学ウイルス学講座の近藤一博先生のグループが、科学誌『iScience』に発表した論文です。

タイトルを訳すと、「ヒトヘルペスウイルス6Bは、潜伏感染のあいだに視床下部-下垂体-副腎系を活性化し、うつ病のリスクを大きく高める」。

「うつ病の原因はウイルスだった」という受け取られ方をされることが多い研究ですが、論文を読み込んでいくと、プロメタボリックの立場からは、少し違う読み方ができると感じています。

この記事では、研究が示したことを順に追いながら、それを脳のエネルギーの側から読み直してみます。

HHV-6は、ほとんどの人がすでに持っているウイルス

主役は、ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)です。A型とB型があり、この研究で扱っているのはB型(HHV-6B)。

HHV-6Bは、赤ちゃんの「突発性発疹」を起こすウイルスです。ほとんどの人が、乳幼児期のうちに感染しています。

ヘルペスウイルスの仲間に共通する性質として、一度感染すると、体から出ていきません。

症状が治まったあとも、細胞の中で静かに居続ける。これを潜伏感染と言います。

潜伏しているウイルスは、宿主の状態によって、ときどき再び活性化します。

近藤先生のグループは、以前から、この再活性化と「疲労」の関係を調べてきました。

2016年の論文では、唾液の中に出てくるHHV-6とHHV-7が、疲労のバイオマーカーになることを報告しています。疲れがたまると、潜伏していたウイルスが唾液に出てくる、ということです。

iScienceの論文でも、過重労働で唾液中のHHV-6Bが増えることに触れています。

唾液に出てきたウイルスは、鼻の奥から嗅覚の経路に入り、においを感じる脳の入り口である嗅球にたどり着きます。

そして、嗅球のアストロサイトに潜伏する。

アストロサイトは、神経細胞のまわりにいて、神経細胞に栄養を渡したり、環境を整えたりしている細胞です。脳のエネルギー代謝を支える、裏方の中心的な存在でもあります。

SITH-1というたんぱく質

研究チームが見つけたのは、HHV-6Bが潜伏しているあいだにだけ作られる、SITH-1というたんぱく質でした。

アミノ酸159個の小さなたんぱく質で、ウイルスが盛んに増えているときではなく、静かに潜んでいるときに、アストロサイトの中で作られます。

このSITH-1は、細胞にもともとあるCAML(カルシウム調節リガンド)というたんぱく質と結合します。

結合してできた複合体は、細胞の外にあるカルシウムを、細胞の中へ流れ込ませる。

研究チームは、マウスの嗅球のアストロサイトにSITH-1を作らせる実験を行いました。

すると、

嗅球で、細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)が増えた。
視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)が過剰に活性化した。
海馬で、新しい神経細胞の生まれ方が落ちた。
そして、うつのような行動が現れた。

HPA軸というのは、ストレスを受けたときに、視床下部から下垂体、下垂体から副腎へと指令が伝わって、コルチゾール(マウスではコルチコステロン)が出る流れのことです。

この実験では、その出発点にあたるCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)などの遺伝子の発現が上がっていました。

人での結果

人については、SITH-1とCAMLの複合体に対する抗体を、血液で調べています。

抗体を持っている人の割合は、うつ病の方で79.8%、健康な方で24.4%。

オッズ比は12.2で、ウイルスと病気の関連としては、かなり強い数字です。

一方で、論文自体が限界も書いています。

SITH-1はHHV-6Bでだけ見つかり、HHV-6AやHHV-7では検出されなかったこと。

人では、脳の中のSITH-1を直接見たのではなく、血液中の抗体で調べていること。

つまり、人について言えるのは「うつ病の方では、この抗体を持っている人がずっと多い」というところまでで、SITH-1が人のうつ病を起こしている、と確定したわけではありません。

健康な人の4人に1人も、抗体を持っていた

この研究を読んで、私がいちばん立ち止まったのは、実は健康な方の数字のほうでした。

健康な方でも、4人に1人は、SITH-1に対する抗体を持っていた。

抗体があるということは、その人の体でも、SITH-1が作られた時期があったと考えられます。

HHV-6Bは、ほとんどの人が持っている。
SITH-1が作られていた人も、健康な人の中にいる。
それでも、うつになる人と、ならない人がいる。

分かれ目は、ウイルスの側だけでは説明がつきません。

ウイルスを抱えている脳の側が、どういう状態にあるのか。そこに目を向ける価値があると思うのです。

カルシウムは、エネルギーの足りない細胞に入ってくる

ここで、SITH-1が何をしているかを、もう一度見てみます。

SITH-1の仕事は、細胞の中にカルシウムを流し込むことでした。

Ray Peat博士は、細胞の中と外のイオンの分布を、細胞のエネルギー状態そのものの表れとして見ていました。

マグネシウムとカリウムは、主に細胞の中にいるもの。ナトリウムとカルシウムは、主に細胞の外にいるもの。

そして、細胞が興奮したり、ストレスを受けたり、エネルギーを失ったりすると、マグネシウムとカリウムを失い、代わりにナトリウムとカルシウムを取り込む、と。

エネルギーが満ちている細胞は、カルシウムを外に置いておくことができます。

エネルギーが足りない細胞では、それが保てない。

Peat博士はさらに、細胞の中のカルシウムが増えると、脂肪を分解する酵素(ホスホリパーゼ)が働いて遊離脂肪酸が生まれ、興奮とたんぱく質の分解が進む、とも書いています。

炎症が細胞のカルシウムの取り込みを増やし、それがうつ病や変性疾患の一因になる、という記述もあります。

この視点に立つと、SITH-1は「カルシウムを細胞に流し込む」という、エネルギーの足りない細胞で起きていることを、外から押し進める一押しに見えてきます。

同じ一押しでも、エネルギーに余裕のある細胞なら持ちこたえられる。

底をつきかけている細胞では、それが最後の一押しになる。

ここは、論文が示したことではなく、私の読み方です。

ウイルスのたんぱく質と、ストレスホルモンと、ATP

この読み方を支えてくれる研究を、Peat博士が紹介しています。

1998年、ストレスと脳の研究で知られるRobert Sapolsky博士のグループが『Journal of Neurochemistry』に発表したものです。

扱っているのはHIVのgp120というたんぱく質で、SITH-1とは別のウイルスの話です。

gp120は神経細胞を傷つけることが知られていますが、そこにストレスホルモン(グルココルチコイド)が加わると、ダメージがさらに大きくなる。

このとき、海馬の神経細胞では、ATPの量が下がり、ミトコンドリアの膜電位も落ちていました。

そして、神経細胞にエネルギーの材料を補うと、ストレスホルモンが神経細胞の生存とカルシウムの動きへの悪影響を強める作用が、止まった。

論文では、その理由の一つとして、ストレスホルモンが海馬の神経細胞への糖の取り込みを落とすことが挙げられています。

Peat博士は、この研究について、ウイルスのペプチドは興奮毒性を強めているだけだ、という趣旨のことを書いています。

ウイルスのたんぱく質が、それ単独で細胞を壊しているのではなく、エネルギーの足りない細胞で起きる「興奮しすぎによる細胞死」を後押ししている、という見方です。

ここにも、カルシウムと、ATPと、ストレスホルモンが、同じ場面に並んで出てきます。

入り口は疲れ、出口はストレスホルモン

SITH-1の流れを、入り口と出口で見てみます。

入り口は、疲れでした。

潜伏しているHHV-6が唾液に出てくるのは、疲れがたまったとき。

出口は、HPA軸の過剰な活性化、つまりストレスホルモンが出続ける状態です。

以前の記事で、脳と血液のあいだにある関所の話を書きました。

ストレスで交感神経が働くたびに、関所を通る糖の流れが絞られる。脳に届く糖が少ないと、脳はそれだけで「危ない」と感じ、交感神経がまた働く。

コルチゾールは、脳が自分を守るために鳴らす非常ベルです。

ところが、そのコルチゾールが、脳の神経細胞への糖の取り込みをさらに落としてしまう。Sapolsky博士のグループが指摘していたのも、まさにこの点でした。

並べると、こうなります。

疲れがたまって、潜伏していたウイルスが目を覚ます。
嗅球のアストロサイトで、SITH-1がカルシウムを流し込む。
HPA軸が入りっぱなしになり、コルチゾールが出続ける。
コルチゾールが脳への糖の取り込みを落とし、脳の燃料がさらに減る。
燃料の減った脳は、もっと疲れやすくなる。

輪になっているのですね。

Peat博士は『ストレスの暗黒面』という記事で、逃げられないストレスによって作られる「学習性無力感」の状態では、血中のT3(活性型の甲状腺ホルモン)が下がり、あらかじめ甲状腺ホルモンを補っておくとそれが防げた、という研究も紹介しています。

呼吸によるエネルギー産生を支える条件が、無力感や神経の変性に対して守りになる、と。

ウイルスの一手が効くかどうかは、その脳のエネルギー代謝がどういう状態にあるかと、切り離せないのだと思います。

「心の問題」でも「ウイルスの問題」でもなく

この研究が話題になったとき、ほっとした方も多かったのではないでしょうか。

やっぱり、心が弱いからではなかった。気持ちの持ちようの問題ではなかった。

一方で、ウイルスが原因なら、自分ではもうどうしようもない、と感じた方もいたと思います。

私は、この研究を「うつ病はウイルスのせい」とは読みません。

「燃料の足りない脳ほど、ウイルスの一手が効いてしまう」

そう読んでいます。

潜伏しているウイルスを体から追い出す方法は、今のところありません。

でも、ウイルスを抱えている脳に、燃料を届け続けることはできます。

疲れを根性で押し切らず、疲れたときほど、脳に燃料を入れる。

交感神経が走り続ける状態を、少しでも早く抜ける。

それは、ウイルスが目を覚ます入り口と、ストレスホルモンが出続ける出口の、両方に関わることです。

最後に、大切なことを一つ。

この記事は、マウスの実験と、血液中の抗体を比べた研究をもとにしています。SITH-1の抗体がある人が必ずうつ病になる、糖を摂ればうつ病が治る、というお話ではありません。

今、お薬を飲んでいる方は、ご自分の判断でやめず、主治医の先生と相談しながら進めてくださいね。

参考文献
Kobayashi N, et al. Human Herpesvirus 6B Greatly Increases Risk of Depression by Activating Hypothalamic-Pituitary-Adrenal Axis during Latent Phase of Infection. iScience. 2020;23(6):101187.
Aoki R, et al. Human herpesvirus 6 and 7 are biomarkers for fatigue, which distinguish between physiological fatigue and pathological fatigue. Biochem Biophys Res Commun. 2016;478(1):424-430.
Brooke SM, et al. Energy dependency of glucocorticoid exacerbation of gp120 neurotoxicity. J Neurochem. 1998;71(3):1187-1193.


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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