動けなくなるのは弱さではない。「大丈夫ですか」の一言が脳のエネルギーを節約する——安心感という、目に見えないインフラの話

これは、東京に2泊3日で行っていた時の話です。

その日が、帰る日でした。

滞在していたのは、マンションの一室を借りるタイプの宿です。

その朝、夫が散歩に出かけようとしたときのことでした。

そのマンションのエントランスは、扉が2枚あります。

外から入る扉と、セキュリティを通った先の扉。

その中間のスペースに、25歳くらいの女性がしゃがみ込んで、泣いていたそうです。

まわりには、化粧ポーチの中身が散らばっていました。

化粧道具。お金。そして、携帯電話。

夫は「大丈夫ですか?」と声をかけました。

返ってきたのは「すいません、すいません……」という言葉だけで、彼女は泣き続けていました。

散らばったものをそのままにもしておけず、夫は一箇所に集めるのを手伝ったそうです。

それでも、彼女はしゃがみ込んだまま動きませんでした。

「30分くらいで戻ってきますからね、大丈夫ですか?」

そう声をかけて、夫は散歩に出ました。

ところが、思いのほか散歩が楽しくなってしまって。

戻ったのは、1時間後でした。

彼女は、いませんでした。

そして——集めた化粧道具も、お金も、携帯電話も、すべてそのまま残されていたのです。

「その人は、どの部屋の人ね?」

「ちょっと何が起こったのかよくわからないんだけど……」

部屋に戻ってきた夫の第一声が、これでした。

なぜ、お金も携帯も置いたままいなくなったのか。

今、どうしているのか。

わたしたちには、何ひとつわかりません。

夫は、少し自分を責めていました。

あのとき、それ以上何ができたんだろう、と。

家族での旅行中でしたから、正直、面倒なことに関わりたくない気持ちもあったと思います。

そのまま散歩に行ってしまってよかったのだろうか、と考え込んでいました。

それで、「みんなでもう一度見に行ってみよう」ということになって、家族で1階へ降りたのです。

そこは、何事もなかったかのように片付いていました。

管理人室が開いていて、管理人さんが表玄関を一生懸命に掃いていました。

「ここに、色々散乱していませんでしたか?」と聞いてみました。

「ああ、あんたのやったんね」

「いえ、私のではないんです。さっきここで泣いている人がいて、でもいなくなってしまっていて……」

そう説明すると、管理人さんはこう言いました。

「その人は、どの部屋の人ね?」

わたしたちは、「ちょっとそこまではわからないです」と答えるしかありませんでした。

本当に、それだけの出来事です。

そこには確かに、誰かのドラマがあった

でも、綺麗になった床を見ていたら、複雑な思いが込み上げてきました。

そこには確かに、誰かのドラマがあったのです。

そして今も、どこかで苦しんでいる人がいるかもしれない。

その痕跡すら、跡形もなく拭かれていました。

今日は、この出来事から考えたことを書かせてください。

彼女に何があったのかは、わたしにはわかりません。

ですから、それは書きません。

代わりに、「人が動けなくなるとき、体の中で何が起きているのか」と、

「誰かが声をかけることは、生理学的にどういう意味を持つのか」——

この2つを、代謝の視点から整理してみたいと思います。

脳は「立て直す機能」から先に手放す

まず、動けなくなる側の話からです。

散らばったものを、拾えない。

立ち上がれない。

「大丈夫ですか」と聞かれても、「すいません」しか出てこない。

こういう状態を、わたしたちは「気が動転している」という言葉で片づけます。

でも体の中では、はっきりとした順番で機能が落ちています。

脳は、体重のわずか2%ほどの重さしかありません。

それなのに、安静時のエネルギーの約20%を使います。

そして脳が主な燃料にできるのは、基本的にグルコースだけです。

ここからが大事なところです。

使えるエネルギーが細ったとき、脳はすべての機能を平等に落とすわけではありません。

優先順位をつけて、後回しにできるところから切っていきます。

では、何が「後回しにできる」と判断されるのか。

真っ先に落ちるのは、前頭前野の機能です。

段取りを立てる。

今やるべきことを順番に並べる。

感情の高ぶりにブレーキをかける。

——つまり、「立て直す」ための機能です。

生き延びるという一点だけで見れば、これらは急ぎではありません。

心臓を動かすほうが先です。呼吸を続けるほうが先です。

だから脳は、立て直す機能から先に手放します。

散らかったものを拾い集めるというのは、実は高度な作業です。

何が落ちているかを把握して、順番を決めて、体を動かす。

前頭前野が働いていなければ、これができません。

できないのであって、しないのではないのです。

同じことが、わたしたちにも起きます

ここで、この話を彼女の診断にはしません。

わたしは彼女の事情を何も知りませんし、知らないことを知ったふりで語るのは、いちばんしてはいけないことだと思っています。

でも、これだけは言えます。

同じことが、わたしたちにも起きます。

やらなければいけないことがあるのに、体が動かない。

台所に立てない。

たまった洗濯物を見て、途方に暮れる。

メールの返信が、どうしても打てない。

そういう日を、多くの方が経験されていると思います。

そして、それを自分の性格のせいにしています。

「わたしは怠けている」「意志が弱い」と。

違うのです。

立て直す機能そのものに、燃料が回っていないだけです。

以前『楽しいことも「負荷」です。帰省と旅行で消耗する代謝の話』でお伝えしたことと、

これはまったく同じ構造の話です。

脳が使ったエネルギーに対して、供給が追いついていない。それだけなのです。

声をかけることは、ストレス反応そのものを下げる

次に、声をかける側の話をします。

ここが、今日いちばんお伝えしたいところです。

誰かがそばにいて言葉をかけることは、単なる気休めではありません。

生理的に、ストレス反応そのものを下げます。

これは社会的緩衝(social buffering)と呼ばれていて、

人でも動物でも繰り返し確認されてきた現象です。

同じ強さの脅威にさらされても、信頼できる誰かがそばにいるだけで、

コルチゾールの上がり方が明らかに小さくなります。

なぜでしょうか。

脳にとって最大の仕事は、安全確認だからです。

ここは安全か。危険か。逃げるべきか。

この確認が終わらないかぎり、警戒のシステムは動き続けます。

そして警戒のシステムは、莫大なエネルギーを食います。

「大丈夫ですか?」という一言は、その確認作業を、外から手伝う行為なのです。

誰かが自分に気づいている。

ひとりではない。

このシグナルが入ると、脳は警戒のレベルを一段階下げることができます。

下げられれば、そのぶんのエネルギーが浮きます。

つまり——つながりは、気分の問題ではありません。エネルギーの節約なのです。

この「安全のシグナル」が迷走神経を通って伝わる、という考え方もあります。

(これはポリヴェーガル理論と呼ばれる仮説で、確定した事実というより、有力な説明モデルとして扱うのが正確です)

いずれにしても、人と人が近くにいる状態というのは、

わたしたちが思っているよりずっと、代謝的に「安い」状態なのです。

安全確認が終わらないと、コルチゾールが降りてこない

逆を考えてみます。

安全確認が、いつまでも終わらないとどうなるか。

コルチゾールが、降りてこなくなります。

コルチゾールは緊急時のホルモンとして優秀です。

血糖を作り、体を動かせる状態にしてくれます。

問題は、これが常時オンになったときです。

コルチゾールは、甲状腺ホルモンT4からT3への変換を妨げ、

不活性型のリバースT3を増やす方向に働きます。

T3は、細胞が糖を実際に燃やすために必要なホルモンです。

警戒が続く

→ コルチゾールが降りない

→ 燃やす力が落ちる

→ エネルギーが作れない

→ ますます立て直せない

この輪の中にいる人は、たくさんいらっしゃると思います。

そして、その入り口が「誰にも見つけてもらえない」という状況であることが、意外とあるのです。

Dr. Stephensが提唱するHuman Restoration Science(人体回復科学)では、

不調の出発点を一貫して「脳のエネルギー不足」に置きます。

脳幹と視床下部が省エネモードに入ると、生命維持に直結しない機能から順に切り捨てられていく。

人に助けを求める、という行為も。

実は、切り捨てられる側にあります。

声を出す。事情を説明する。相手の反応を予測する。

助けを求めるというのは、それだけで前頭前野の仕事なのです。

いちばん助けが必要なときに、いちばん助けを求めにくくなる。

体は、そういうふうにできています。

外でもなく、中でもない場所

ここで、あの二重扉の話に戻ります。

扉が2枚あるのは、住んでいる人を守るためです。

これは、正しい設計です。

わたしはそれを責める気持ちにはなれません。

ただ、その仕組みが同時に、ひとつの場所を作りました。

外でもなく、中でもない、中間のスペース。

住民でもなく、通行人でもない場所。

そこにいる人は、誰の管轄でもないのです。

管理人さんの言葉が、それをよく表していました。

「その人は、どの部屋の人ね?」

悪気があって言ったのではないと思います。

その方は、朝早くから玄関を一生懸命に掃いていました。

ただ、都会で人と関わるためには、まず「どこに属しているか」がわからないといけない。

そういう仕組みの中で、みんなが暮らしているのです。

だから床は、拭かれました。

綺麗になりました。

何もなかったことになりました。

人情である以前に、インフラ

わたしたちが普段暮らしているところは、ずいぶん違います。

お隣のおじちゃんが、家を覗き込んで「スイカ食べて」と置いていってくれます。

ツルムラサキを分けてくれます。

道端で誰かが泣いていたら、「どうしたの?」と声をかけるのが当たり前です。

近所の誰がどこに住んでいるか、お互いにわかっています。

以前は、これを「田舎の人情」くらいに思っていました。

でもその日、あの床を見ながら思ったのです。

あれは人情である以前に、インフラなのだと。

スイカを持ってくるおじちゃんは、わたしの安全確認を、外から手伝ってくれています。

「ここにはあなたを気にかけている人がいますよ」というシグナルを、勝手に届けてくれている。

そのぶん、わたしの脳は警戒を一段下げられて、エネルギーを他のことに回せます。

つながりの濃い場所で暮らす人が、なんとなく元気に見えることがありますね。

あれは気のせいではないのだろう、と思います。

安心感が常設されている環境は、代謝的に燃費がいいのです。

逆に言えば——

都会で不調を抱えている方が、自分の努力不足を責める必要は、まったくありません。

環境が持っている緩衝装置の量が、そもそも違うのですから。

つながりが先ではなく、燃料が先

では、どうすればいいのでしょうか。

つながりを作りましょう、という話で終わらせるつもりはありません。

それは、いちばんエネルギーが要ることだからです。

しんどいときに新しい人間関係を作れというのは、酷な話です。

ここで、順番をひっくり返します。

安心感には、外から来るものと、内から作れるものがあります。

外から来るもの——誰かがそばにいてくれること——は、自分ひとりでは決められません。

でも、内側の安心感は、自分で作れます。

糖がしっかり使えている体は、それ自体が「安心状態の代謝」です。

脂肪を一生懸命に燃やさなければならない体は、アドレナリンを使う代謝、つまりストレス系の代謝になります。

同じ人でも、燃料が何かで、体が置かれている状態はまるで違うのです。

ATPが潤沢に作られていて、脳にエネルギーが届いている。

そのとき人は、飢餓感から抜け出します。

金欠のときに安心できる人はいません。

でも、必要なだけ持っているとわかっていれば、人は落ち着いていられます。

体のエネルギーも、まったく同じです。

ですから、順番はこうです。

まず、糖を満たす。

すると、警戒のレベルが下がる。

前頭前野が戻ってくる。

——そこで初めて、人に声をかけたり、助けを求めたりする力が出てきます。

つながりが先ではありません。

燃料が先です。

最後に、夫のこと

最後に、夫のことを書かせてください。

夫は、声をかけました。

散らばったものを集めるのも手伝いました。

戻ってくると言って、実際に戻ってきました。

それでも、「あれでよかったのだろうか」と考え込んでいました。

わたしは、それでよかったと思っています。

全部を解決できる人なんて、いません。

わたしたちにできるのは、たいてい「大丈夫ですか」の一言くらいです。

でもその一言は、少なくともあの数分間、彼女の脳の警戒を一段階下げていたはずなのです。

それは、決して小さいことではありません。

床は拭かれて、何もなかったことになりました。

でも、あったのです。

そして、どこかで誰かが今も、しゃがみ込んでいるかもしれません。

もしあなたが今、立ち上がれない側にいるのなら。

それはあなたの弱さではなく、立ち上がるための燃料が足りていないだけです。

まず、食べてください。

シンプルな糖を、脳に届けてあげてください。

体は、ちゃんと応えてくれます。


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脳の中に虫?! RFK Jr.の「脳の虫」の話と、寄生虫の本当の役割

ドキッとするタイトルですが、本当に「脳の中にいた虫」の話です。

私は毎週日曜日に、脳機能回復の第一人者であるDr.Stephensのトレーニングを、海外の臨床家の方たちと一緒にオンラインで受けています。

そのトレーニングの録画を見返していたら、寄生虫の話で、ずいぶん盛り上がっている回がありました。

手術中に見た「脳の中の虫」

話していたのは、Dr.Stephensではなく、その臨床家の方です。

ふだんから顕微鏡で血液を見ている方なので、こんな話をしてくれました。

アメリカでもトップクラスの脳神経外科の先生と一緒に仕事をしていたとき、その先生は手術中に、脳の中を這う虫を見たことがあるのだそうです。

でも、その先生は寄生虫の専門家ではありません。医師免許のこともあるので、患者さんには「脳に虫がいましたよ」とは言わない。

聞いていた参加者の方たちから、「うわっ!!」と声が上がっていました。

(私も画面の前で、同じ声が出ました、笑)

RFK Jr.と脳の虫

そこで他の臨床家が聞いたのです。

「それって、RFK Jr.がなったものですか?」

RFK Jr.とは、ロバート・F・ケネディ・ジュニアさん。

ケネディ大統領の甥で、いまはアメリカの保健福祉長官を務めている方です。

彼は、「そう、脳の虫の話を世の中に知らしめたのは、まさにRFKなんだよね」と答えていました。

そして、「1度RFK Jr.とディナーをしたことがあるけど、彼の話を直接聞くことほど面白いことはなかった」と。

アメリカ中がざわついたニュース

アメリカでは、2024年の大統領選挙のさなかに、この話が大きなニュースになりました。

ニューヨーク・タイムズが報じたのは、ケネディさんが2012年に裁判の中で証言していた内容です。

2010年ごろ、ケネディさんは物忘れがひどくなり、頭に霧がかかったような状態になって、病院で検査を受けました。

脳のスキャンに影が見つかり、最初は腫瘍ではないかと疑われていたそうです。

ところが別の医師に診てもらうと、こう言われたのです。

「これは、虫が脳に入り込んで一部を食べ、そのまま死んだあとです」

豚の条虫と、その後

ご本人も、どんな寄生虫だったのか、どこでうつったのかは分からないと話しています。

ただ、報道の中で別の医師は、豚の条虫(サナダムシの仲間)の幼虫ではないか、と見立てていました。

豚の条虫の卵が口から入ると、幼虫が体の中を移動して、脳にまでたどり着くことがあるのです。

ケネディさんご本人は、その後、物忘れからはすっかり回復したと話しています。

それにしても、大統領選に出ている方が「脳に虫がいた」と証言していたのですから、アメリカ中がざわついたのも無理はありません。

細胞の中の寄生虫

ここまで読んで、「いやいや、それは海外の、特別な人の話でしょう」と思いましたよね。

私も、最初は寄生虫話しって、聞くたびそう思っていた頃がありました。

でも、この勉強会に集まる臨床家の方達が声を揃えて言うには、私たちの体は、細胞のレベルでは思っている以上に寄生虫を抱えている、ということでした。

(これは、プロメタボリックアプローチでわたしが直接習っているNateも言っていることです。)

ただ、細胞の中にいるものは、なかなか追い出せない。

よく名前の挙がるイベルメクチンという薬は、細胞の壁を通り抜けられません。細胞の中まで届く薬もあるけれど、それを使うと体調をひどく崩してしまう人が多い、とのことでした。

裏庭のピザとアライグマ

ここからが、いちばんお伝えしたいところです。

Justinは、寄生虫をこんなふうに捉えていました。

「寄生虫は、体の中の死んだものや傷んだもの、毒素を片づけるためにいる。だから、健康なものは一切好まないんだ」

そして、こう例えたのです。

「毎晩、裏のポーチにピザを置いておいたら、アライグマやらなにやらが、次々にやってくる。でも、置くのをやめれば、よそへ行ってしまうよね」

戦って追い出すのではなく、エサになっているものを体から片づける。そうすれば、寄生虫のほうから去っていく、という考え方です。

まだ「予想」の段階

その臨床家の方は、Dr.Stephensのもとで脳機能回復の取り組みを続けている人たちの血液を、顕微鏡で見ています。そして、どんどんきれいになっていくことを確認しています。

半年以上続けた人の細胞の中に、最終的には寄生虫が一切いなくなっていくのではないか、と予想している、と言っていました。
それを確かめて、近いうちにデータで見せてくれるそうです。

なので、今の時点では、まだ「予想」の段階です。

(ここは、私も結果を楽しみにしているところです)

「何を退治するか」より

この話を聞いて、私がいちばん「なるほどな〜」と思ったのは、見ている方向でした。

体の不調があると、私たちはつい「何がいるのか」「何を退治すればいいのか」を探しにいきますよね。

菌がいる、カビがいる、寄生虫がいる。

それなら、やっつければいい。

もちろん、薬が必要な場面はありますし、お医者さんの治療はとても大切です。

でも、それとは別に、「なぜそこに居つくのか」と考えてみる。

体のほうに、片づけきれていないものが溜まっていないか。片づけるだけのエネルギーが、細胞にちゃんと届いているか。

アライグマを追い払う前に、ピザを置くのをやめられないか、と考えてみるのです。

結局は、燃料の話

Dr.Stephensも、別の回で感染症の話になったとき、こう話していました。

抗生物質や抗ウイルス薬を使うな、と言っているのでは決してない。燃料の足りない脳では手に負えないところまで、感染が進んでしまうことがあるからです。

ただ、脳に燃料がしっかり満ちていれば、手に負えなくなる前に、脳がちゃんとおさめてくれるのだそうです。

退治することばかり考えて、片づける側の力を置き去りにしていないか。

ああ、結局ここでも、燃料の話に戻ってくるんだよな〜と、改めて思った回でした。


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楽しい帰省や旅行のあとに寝込むのはなぜ?「楽しいこと」も脳の負荷になる代謝の話

楽しみにしていた帰省だったのに、帰ってきたら寝込んでしまった。

家族で出かけた翌日、朝から起き上がれない。

夏休みが始まってから、なぜかずっと疲れが抜けない。

「気を遣ったから」「年齢のせい」「はしゃぎすぎた」

そう片づけられてきたと思います。

でも、これは性格の問題でも、体力の問題でもありません。

脳が使ったエネルギーの量に対して、供給が追いついていないのです。

今日は、お盆のような時期に起きていることを、代謝の視点から整理します。

脳は、体の中で最も燃費の悪い臓器

脳は、体の中で最も燃費の悪い臓器です。

重さは体重のわずか2%ほど。

それなのに、安静時に使われるエネルギーの約20%を消費します。

そして脳が主な燃料として使えるのは、基本的にグルコースだけです。

筋肉のように脂肪酸を燃やして代用するということが、脳にはできません。

(飢餓が続けばケトン体を部分的に使えるようになりますが、それは非常事態への適応であって、平常運転ではありません)

つまり脳は、糖の供給が細るとすぐに影響を受ける臓器なのです。

脳にとっての負荷は「量」ではなく「日常との差分」

ここで、こうした時期に起きていることを見ていきます。

「負荷」というと、仕事量や家事量を思い浮かべると思います。

でも脳にとっての負荷は、量ではありません。

日常との差分です。

普段は静かな環境で一人で作業している。

そこに子どもたちが出たり入ったりする状況が加わる。

物音がする。話しかけられる。中断される。また集中し直す。

作業の内容そのものは、何も変わっていません。

それでも、脳が使うエネルギー量は大きく変わります。

なぜか。

中断と再開のたびに、前頭前野が「今どこまでやっていたか」を保持し直し、注意の焦点を組み替えているからです。

この切り替えのコストは、認知科学の分野でスイッチングコストと呼ばれ、作業そのものより高くつくことが繰り返し示されてきました。

さらに、慣れない環境・慣れない人・慣れない予定は、それだけで新奇性としてHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)を働かせます。

楽しいイベントでも、これは同じように起こります。

体は「楽しい」と「危険」を、必ずしも区別していません。

区別しているのは「いつも通りか、いつも通りでないか」です。

だから、旅行も、帰省も、来客も、脳にとっては確実に高負荷の日なのです。

糖が足りないと、体は血糖を自前で作りにいく

では、負荷が上がったのに糖が足りないと、体は何をするか。

血糖を自前で作りにいきます。

副腎からコルチゾールとアドレナリンが出て、筋肉のタンパク質を分解し、糖新生によってグルコースを作り出します。

これは緊急手段としては優秀です。

血糖は確かに上がります。

ただし、代償があります。

コルチゾールは、甲状腺ホルモンT4からT3への変換を妨げ、不活性型のリバースT3を増やす方向に働きます。

T3は、細胞が糖を実際に燃やすために必要なホルモンです。

つまり——燃料が足りないので緊急対応をした結果、燃料を燃やす能力そのものが下がる。

この輪に入ると、休んでも回復しないという状態が固定されていきます。

修復は、夜に後回しにされる

体の修復は、主に眠っている間に行われます。

成長ホルモンの分泌、タンパク質の合成、損傷した組織の入れ替え、脳のグリンパティック系による老廃物の洗い流し。

これらはすべて、ATPを消費する能動的な作業です。

つまり修復とは、余ったエネルギーで自然に起こることではなく、エネルギーを支払って実行される仕事なのです。

ここに、順番があります。

脳は、限りあるエネルギーをまず目の前の事態への対応に配分します。

生き延びることが最優先だからです。

そのあとに、後回しにできる仕事——修復とメンテナンス——が回されます。

日中の負荷が高く、それをカバーするだけでエネルギーを使い切ってしまうと、夜に回すぶんが残りません。

指令が出ない。だから修復が進まない。だから翌朝に疲れが持ち越される。

「寝たのに疲れが取れていない」というのは、体が壊れているのではなく、修復の予算が確保できなかったということなのです。

夜中の2〜4時に起きていること

夜間に何が起きているかは、以前『「夜は眠いのに、眠れない」その正体は、糖の枯渇です。』でお伝えした通りです。

肝臓のグリコーゲン貯蔵は、多く見積もっても100g程度。

夜通しの脳の消費をまかなうには、決して余裕のある量ではありません。

日中の負荷が高かった日は、この貯蔵が寝る前の時点ですでに薄くなっています。

そして夜中の2〜4時、血糖が下がりきったところで、あの緊急対応が始まります。

コルチゾールとアドレナリンが出る。どちらも覚醒ホルモンです。

夜中に目が覚める。眠りが浅くなる。夢をたくさん見る。

Ray Peat博士が「夜間のコルチゾールサージ」と呼んで繰り返し警告していたのが、この状態です。

帰省や旅行のあとに寝込むというのは、この一連が数日続いた結果として見えているものです。

「疲れが取れない」は、切り捨てられた側から見た景色

Dr. Stephensが提唱するHuman Restoration Science(人体回復科学)では、不調の出発点を一貫して「脳のエネルギー不足」に置きます。

脳幹と視床下部が省エネモードに入ると、生命維持に直結しない機能から順に切り捨てられていく、という考え方です。

腸の自律制御が落ちる。

体温の維持が後回しになる。

そして、修復とメンテナンスが止まる。

「疲れが取れない」というのは、切り捨てられた側から見た景色なのです。

負荷が上がる日は、脳に届く糖を増やす

ここまでを踏まえると、対応はひとつしかありません。

負荷が上がる日は、脳に届く糖を増やす。

減らすのではなく、足す。

普通は逆をやってしまいます。

忙しいから食べる時間がない。

帰省先で気を遣うから、なんとなく控えめにする。

夏だから食欲がない。

でも脳の側から見れば、その日はいつもより多くの燃料を必要としている日です。

負荷に見合った量を入れていないだけで、意志の問題ではありません。

具体的には——

移動日・イベント日は、朝を抜かない。ここが一日の土台になります。

3〜4時間あいたら、少量でも糖を入れる。血糖を谷に落とさないことが目的です。

はちみつ、果物、果汁、牛乳、白いご飯といったシンプルな糖を選ぶ。消化にエネルギーを使わせないためです。

そして、負荷が高かった日ほど、就寝前の補食を省かない。夜中の緊急対応を起こさせないためです。

燃料は、足せば届きます

こうした時期に体調を崩すのは、体力がないからでも、気合いが足りないからでもありません。

負荷が上がったぶんの燃料を、足していなかった。それだけです。

そして燃料は、足せば届きます。

一緒に取り組んでくださっている方が、ストレスがかかったときに「より脳に届ける」ことを意識するようにしたら、気持ちの上でも体の上でもまったく変わった、と話してくださいました。

体は、ちゃんと応えてくれます。

お盆の時期は、どうか無理をせず、いつもより少し多めに食べて過ごしてください。


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肌荒れ・便秘・イライラは氷山の一角。その症状、皮膚や腸ではなく「脳のエネルギー不足」かもしれません

今日は、講座やカウンセリングでよくいただくご相談から、少し理屈っぽい話をさせてください。

肌荒れ、便秘、腸の不安定さ、イライラ——。

そういう症状について、日々思うことがあるんです。

結論から言います。

その症状、実は皮膚や腸そのものが原因ではないのです。

もっと大元、脳にこそ本当の原因があります。

「快適かどうか」は、脳にとって優先順位が低い

肌が荒れる。便秘になる。腸が不安定。イライラする。

こういう「快適かどうか」という感覚は、脳にとっての優先順位が、実はとても低いのです。

もっと生きるために大事なことが満たされて、初めて、体の余力がそこにまで行き渡る。

そういう仕組みになっています。

だから裏を返せば——。

症状が出ているときというのは、問題の本質が皮膚や腸にあるわけではありません。

もっともっと、脳の大元のところに問題があるのです。

脳のエネルギー不足は、2つのことが同時に起こしている

脳がエネルギー不足だから、症状が出る。

では、その脳のエネルギー不足は、何が起こしているのか。

実は2つのことが同時に起きています。

脳に行くエネルギーの供給が、制限されてしまっていること。

プラス、脳が不必要に多大なエネルギーを使ってしまっていること。

この「不必要に使ってしまう」部分。

これは、その人の考え癖だったり、閉じ込めてしまった感情だったりします。

パターンを書き換えるには、エネルギーがいる

正直に言いますね。

考え癖や感情のパターンを書き換えるのって、実はものすごく脳にエネルギーがいる作業なんです。

だから脳にエネルギーがないと、過去に持ってしまったパターンを検証することも、書き換えることもできません。

しがみついたまま、信じ込みを手放せない状態になるのです。

「自分の意思とは裏腹に、いつも同じ行動をしてしまう」

そんなご相談をいただくことがありますが、それはまさに、脳がパターンを固定化しているから起こることなんですね。

脳が自動的にパターン認識をして、それを繰り返させているだけ(自動で!)なんです。

脳なりの省エネ策が、エネルギー漏れを続けさせる

脳はエネルギーがない状態だと、パターンを棚卸しして、それが本当に正しいのかを検証して書き換える——ということをしません。

だって、そこには膨大なエネルギーがいるから。

だから、そのままルーチン化させてしまう。

これは、脳なりの省エネ策です。

でも、それによって、エネルギー漏れがずっと続く状態になってしまいます。

中心で起こっているのは、脳の回復

一緒に改善に取り組んでいる方たちを見ていると、こういう変化が現れます。

肌がスムーズになってきた。イライラしなくなってきた。腸が整ってきた。体温がしっかり上がるようになってきた。

こういう「表現型」の変化を、私たちはつい改善の数値として見てしまいます。

でも、そのとき実際に中心で起こっているのは、脳の回復なんです。

肌や腸は、結果として整っていく末端にすぎません。

皮膚をどうするか、腸をどうするか——そういう「枝葉」にフォーカスした話は、世の中にたくさんあります。

でも、本当の問題はそこじゃないんです。

問題の本質、脳のエネルギー不足を見ないままだと、本当の意味での改善は、なかなか起こりません。

脳にエネルギーを届けること

脳にエネルギーを届けること。

そこが、すべての土台になります。

そしてその燃料は、いつもお伝えしている通り、シンプルな糖です。

大切なのは、症状が出ている自分を責めないことです。

それは意志の弱さでも、努力不足でもありません。

ただ、脳にエネルギーが足りていないだけ。

燃料が届けば、脳は必ず応えてくれます。

今日も、あなたの脳にちゃんとエネルギーが届いていきますように。


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夜に食べたイカスミが、翌朝もう出た。腸を触らなくても便通が整った理由は「脳」にありました

これは、大学1年生の娘と、一泊で長崎に行っていた時の話です。

夏に帰ってくる時期だけの、濃い時間でした。

その日の夕食は、イタリアンのレストラン。

夜6時ごろ、イカスミのリゾットをいただきました。

そして翌朝6時。

汚い話でごめんなさい。

イカスミの黒が、そのまま便に出たのです。

口に入れてから、12時間。

これがすごく面白い出来事だったので、今日はその話をさせてください。

食べてから出るまで、12時間

食べたものが消化されて出るまで、通常は35時間以内であればいい、と言われます。

それが、12時間。

イカスミって、はっきり黒が分かるので、時間まで確認できてしまうんですよね。

「ああ、こんなにスムーズに流れているんだ」

正直、すごく嬉しかったです。

一方で、5日前に食べたものがまだ出ない、1週間前のものがまだ体の中にある、という方もいらっしゃいます。

便通がないというのは、ただ「気持ち悪い」だけの話ではありません。

腸がちゃんと流れているからこそ、腸内の毒素——エンドトキシンが体中に蔓延するのを防げるのです。

だから便通は、健康の基本中の基本なのです。

マグネシウムに頼っていた私が変わったわけ

ここで、正直に言いますね。

私自身、長いことマグネシウムに頼っていました。

マグネシウムを摂らないと、便通が崩れていく。

そういう状態だったのです。

それが今は、そういうものに一切頼ることなく、1日1回以上。

しかも、12時間で出ていく。

腸に何かをしたから、ではありません。

脳の機能が回復したから、です。

世の中では「腸活」がさかんに言われますよね。

でも私が強く実感しているのは、腸は腸を触らなくても動き出す、ということです。

腸は、脳からの指令で動いています。

指令を出す側が省エネモードに入っていたら、腸だけをどれだけ応援しても、動きようがないのです。

見る場所が、少しだけ違うのかもしれません

もしあなたが今、サプリメントやお茶や運動で一生懸命「腸」に働きかけているのに、変わらないとしたら。

見る場所が、少しだけ違うのかもしれません。

脳を回復させる燃料は——いつもお伝えしている通り、シンプルな糖です。

出ないのは、意志が弱いからでも、努力が足りないからでもありません。

ただ、指令を出す側の燃料が、足りていないだけなのです。

娘とじっくり向き合える体でいられること

あの夜の娘との食事は、実は食べ物の話だけでは終わりませんでした。

大学生になって考えることが増えたという彼女が、「母と向き合わないといけない部分」を、自分の言葉で語ってくれて。

ワインを飲みながら、久しぶりに深いところまで話せた夜でした。

こんなふうに娘とじっくり向き合える体でいられること。

それもきっと、代謝がちゃんと回っているからなのだと思います。

今日も、あなたの体がちゃんと流れていきますように。


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「いつも通り食べてるのに疲れる」のシンプルな理由。脳のグルコース必要量は日々変わっている

これは、勉強のために東京に行く前の話です。

その準備をしていた1週間、あらためて「なるほどなあ」と実感したことがあったので、あなたにシェアさせてください。

脳にグルコースが足りているかどうかで、その日のポテンシャルは全然変わる、という話です。

脳にとっての「ストレス」は、嫌なことだけではない

ストレスと聞くと、嫌なことばかり思い浮かべますよね。

でも、脳にとっての「ストレス」は、それだけではありません。

いつもより忙しい。

新しいプロジェクトに取り組んでいる。

ドキドキする出来事がある。

新しい出会い、慣れない環境、人混み。

楽しい経験であっても、脳は「いつもと違うこと」に多大なエネルギーを使います。

つまり、脳のエネルギー必要量は、日々すごく変わっているのです。

なのに私たちは、「いつも通り食べてるから大丈夫」と思ってしまう。

ここに、落とし穴があります。

真っ先に削られるのは「体の修復」

では、必要量が増えたのに供給がいつも通りだったら、何が起こるか。

脳は、何かを後回しにするしかありません。

真っ先に削られるのは——「体の修復」です。

本来、寝ている間に体はいろいろな修復を行っています。

でも、そこに回すエネルギーが残っていないと、修復がままならない。

翌朝、前日の疲れをそのまま持ち越すことになります。

さらに、グルコース不足を感知した脳は、わざと「疲れ」や「痛み」を出してきます。

意地悪ではありません。

これ以上エネルギーを使わせないように、あなたを動かさないための、脳の節約機能です。

「いつも通りなのに、なんだか疲れる」

「原因のわからない痛みや不調が出る」

それは、脳からのサインかもしれません。

回復が進むほど、必要な量は「増える」

そして、ここからが面白いところです。

代謝が上がってくると、体は今まで手をつけられなかった場所の修復を始めます。

つまり、回復が進むほど、必要なエネルギー量は「増える」のです。

「今までこの量で足りていたはずなのに」

脳機能回復の過程では、これがよく起こります。

でもそれは、不調になったのではありません。

次のレベルに上がったから、必要量も上がった。

それだけのことなんです。

その人その人に、回復に必要な量があります。

そこまで着々と上げていかなければ、回復は完全には起きない。

だって、足りないから。

理由は、結構シンプルなのです。

負荷のかかる時期こそ、少し多めに

負荷のかかる予定——それが楽しみな予定であっても——がある時期こそ、「いつも通り」ではなく、少し多めに糖を届けてあげてください。

私もあの時の東京行きは、しっかり満たして、フルスペックで学んでこよう、と思って出かけました。


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「片付いていない=愛されていない」という心の誤変換。子どもに怒りが爆発した夜に気づいたこと

ある日の夜、我が家で起きた「ある出来事」と、そこから私が気づいた「心の誤変換」についてお話しさせてくださいね。

1. 穏やかな映画タイムから、一転して「怒りの火山」へ

その日は夜の早いうちに夕飯も片付けも終わり、久しぶりに早めにお布団に入ることができました。
「よし、今夜はお一人様で映画タイムを楽しもう!」と、贅沢なリラックス時間を満喫していたんです。

映画が終わり、余韻に浸りながら、
「そろそろ子どもたちも寝る時間かな? 眠りに来ないから声をかけに行こう」
とリビングに戻りました。

すると……

そこにあったのは、
冷凍ブルーベリーの食べ残し、
散乱したアイスのパッケージ、
つまり、見事なまでに散らかり放題のリビング。
そして、テレビに夢中になっている子どもたち。

さらに、一度はピカピカに片付けたはずのキッチンも、子どもたちが自主的に何かを作った形跡で、再びカオスな状態に逆戻りしていました。

その光景を見た瞬間、私の頭の中で何かがプチッと切れました。

「いい加減にしなさい!! 何時だと思っているの?! もうっ! それもそれも、早く片付けなさい!!!」

怒涛の勢いで叱り飛ばし、捨て台詞を残して(笑)、私は再び寝室へと戻りました。

2. なぜ私は、こんなに感情的になったんだろう?

寝室の布団に入り直してから、私の頭の中にふと疑問が湧いてきました。

「もちろん、夜遅くに散らかしたままテレビを見ている子どもたちを叱ることは必要。
だけど……なんで私は、あんなに『感情的』に怒り狂ってしまったんだろう?」

ただ「片付けてね」と淡々と注意すればいいだけのことなのに、明らかに私の胸の奥から「ぐわっ」と黒い感情が湧き上がっていたんです。
私は、一体「何」に反応していたのでしょうか。

暗い部屋で、じっと自分の心を感じてみました。
すると、私の無意識(脳)が、目の前の景色をこんな数式で自動翻訳していたことに気づいたのです。

それは、
「片付けない」
↓
「お母さんが片付ける苦労を無視している」
↓
「私は大切にされていない(=愛されていない)」

という、とんでもない「誤変換」でした。

3. 幼少期から抱えてきた「片付け=愛」という思い込み

この誤変換の根底には、私が私の幼少期の頃の母親に対して思っていた「お母さん」の像が未だに影響しているのだと思います。

父が単身赴任でほとんどワンオペで私たち兄弟を育てていた母は、仕事と育児とで毎日疲れ果てていました。夕飯を作るやいなやソファーに倒れ込んで眠ってしまう母でした。

母が作った夕飯を食べ、でも、疲れて夕飯も食べずに寝ている母を見ていた私は、夕飯の後片付け、テーブル片付けなどをしていた小学生時代があります。

もちろん、遊びたい盛りの小学生の私は、夕飯の片付けなんて、やりたいわけもなく、それでも、そんな母の姿を見て、私は「きっと、目が覚めた時に、テーブルが食べ散らかしているままだったら、お母さんはがっかりするに違いない」と思っていたんですね。

その母のがっかりする顔が見たくなくって、仕方なく片付けをしていたんですね。

つまり、わたしにとっては、片付けることは母への愛を示す行為だったのです。

だから、子どもたちに対しても、
「片付けをしないこと」=「お母さん(私)が悲しんでも良いと思っている」=「私を愛していない」
という大いなる誤変換をして、私は「片付けていない」を受け取ってしまっていたのです。

「愛されていない」と勝手に傷ついているわけです。

子どもたちは、ただ「ブルーベリー美味しいな」「アイス食べたいな」「このテレビ面白いな」と、「今、この瞬間」を無邪気に楽しんでいただけでした。

ママを困らせようとしたわけでも、傷つけようとしたわけでもありません。
ただ、散らかしただけ。

しかし、私の心の中に「片付けない=私を愛していない」というフィルター(誤変換)があることで、勝手に傷つき、悲しくなり、怒りが出る、という流れになってしまっていたわけです。

「片付いていない状態」は、ただの物理的な事実。
子どもたちにとって「片付けていない」ことと「ママを愛しているか」は、1ミリも関係ありませんでした。

4. エネルギー不足のときほど、「誤変換」は強くなる

生化学や代謝(プロメタボリック)・脳機能回復の視点から見ても、実はこれには大きな理由があります。

夜遅い時間、私たちの体は本来、休息モードに入り、エネルギー代謝もスローダウンしていきます。

そんなエネルギー(糖)の供給が低下しやすい夜間は、脳の防衛システムが過敏になりやすい時間帯でもあります。

エネルギー状態が下がると、脳は脅威を察知しやすくなり、「世界は安全ではないかもしれない」という前提になるので、より些細なことにアラートが起きやすくなります。

そして、目の前の出来事を「ネガティブ(攻撃)」として捉えがちになります。

日中なら「あーあ、またやってるわ(笑)」と笑ってスルーできることが、夜になると「怒りの爆弾」に変わってしまうのは、私たちの性格のせいではなく、単純なエネルギーの防衛反応でもあるのです。

ちなみに、この頃の私は脳機能回復のプロセスを絶賛行っている最中だったので、この過去の出来事から来る私の信じ込みを脳が手放すために勝手に顕在化してくるので、色々な気づきをもたらす流れを作り出してくれていました(脳が)。

過去、自分が作り出してしまっている誤変換は、人によってそれぞれなのですが、脳がアップデートすることで書き換えられていくのはとても興味深いです。(そもそも、表層化していないと書き換えも起きないので、こんなふうに表層化する必要があります)

5. 不快な感情は、本来の自分に戻るための「ギフト」

もし、あなたも家族の行動や目の前の出来事に「ぐわっ」と感情的になってしまったときは、一呼吸置いて、自分にこう問いかけてみてください。

「私は何に反応したんだろう?」

「今、私はどんな誤変換をしたかな?」と。

そもそも、感情は「脳」の予測の結果として生まれるものです。

なので、その感情がネガティブなものである場合、私たちは不快感を感じるわけですが、私はそれを「ギフト」だと思っています。

なぜなら、「不快な感情」を感じるということは、私たちの本来の姿からズレてしまっている予測が脳で勝手に起きていることを認識できるから。

「絶対的に安全で」、
「愛されていて」、
「無限の価値があって」、
「完全な存在である」という、

私たちが本来持っているものからズレてしまっている信じ込み(脳のパターン認識)を持っている時に、私たちは不快な感情を感じるわけです。

なので、上がってくる不快な感情の根源にある「信じ込み(脳のパターン認識)」を書き換えるチャンスが与えられることはとても感謝な事なのですね。

こんなふうに感情が上がった時あなたが、「あなたが〇〇だから私はムカついているの!!!」とムカつく理由を怒って相手に表すだけでは、自分が本当に戻るべき軸に気がついていないままなので、また同じ状況が起きれば、同じような不快な感情を味わうことになるので、そこは意識してみてください。

身体の司令塔であるのは脳です。

メンタル部分がどうして「身体の健康」に大きく関わるのか、というと、この脳の誤変換の修正のプロセスを実践することで、脳の司令力があがり、司令が適切になって身体の回復力も上がっていくからです。

あなたが、自分自身の「誤変換」に気づき、もっと軽やかに、心と体の超健康美に進まれることを応援しています!

今日のお話が参考になったら嬉しいです!


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細胞の「金欠」を解消すると、人生の視野が変わる。不安やイライラは脳のエネルギー不足

ここでは、あなたの「心のゆとり」と「細胞のエネルギー」の話をさせてください。

一見、全然違う話に聞こえるかもしれません。

でも読み終わったとき、きっと「そういうことか」と腑に落ちると思います。

極限の金欠状態のとき

銀行の残高が数百円。

明日の支払いの目処も立たない。

そんな極限の金欠状態のとき——。

「誰かの役に立ちたいな」とは、思えないですよね。

「新しいことにチャレンジしよう」とも、なかなかなれない。

「未来のために投資しよう」なんて、頭に浮かぶ余裕もない。

当然です。

心は不安でいっぱいになり、視野は極端に狭くなる。

「今日をどうやって生き延びるか」、それだけで頭がいっぱいになるのが人間です。

細胞の「慢性的金欠」

実は、同じことが私たちの細胞の中でも起きています。

糖をうまく使えず、エネルギー(ATP)が不足している状態。

これは言わば、細胞の「慢性的金欠」です。

脳に十分な燃料(糖)が届いていないと、私たちの本能はこう判断します。

「今は非常事態だ。余計なことにエネルギーを使っている場合じゃない」と。

その結果、不安や焦り、理由のないイライラが止まらなくなる。

世の中が危険な場所に見えてくる。

悪いことが起こりそうな予感が、頭から離れなくなる。

これはあなたの性格や、メンタルが弱いせいではありません。

ただの「脳のエネルギー不足」です。

細胞がATPで満たされてくると

ところが、細胞がATPで満たされてくると、面白いことが起き始めます。

まず、「これで大丈夫なんだ」という、圧倒的な安心感が出てくる。

体の中に、しっかりした「貯金」がある感覚。

すると、「自分をどう守るか」で精一杯だった視野が、フワッと広がり始めます。

「この知識を、どう活かそうかな」

「どうすれば、人の役に立てるかな」

「ずっとやりたかったあのこと、今こそ始めよう」

不安ベースの思考から、創造ベースの思考へ。

生き延びるための努力から、自分を生かすための活動へ。

プロメタボリックを実践した方たちが、新しいビジネスを始めたり、認定カウンセラーへの道を志したりする姿を、私は何人も見てきました。

「安心感」こそが、人生を加速させる最強のガソリンだと、心から確信しています。

まず、細胞の「金欠」を解消する

10万円のサプリを買う前に。

難しいマインドフルネスの修行をする前に。

まず、細胞の「金欠」を解消してあげてください。

糖を正しく摂り、代謝のスイッチを入れる。

それだけで、あなたの心は勝手に「平安」へと向かい始めます。

細胞をATP持ちにすること。

それが、あなたの本来のポテンシャルを解放する、いちばん近道です。


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分かっているのに動けないのはなぜ?映画『決断するとき』に見た、恐れを越えさせるもの

半日オフの日に、本当に久しぶりに、ストリーミングで映画を1本見ました。

土日も平日もなく、ずっと走り続けていた時期だったので、良い息抜きになりました。

見たのは『決断するとき』という作品です。

アイルランドを舞台に、実在した女性の収容施設「マグダレン修道院」の問題を描いた、世界的な小説を映画化したもの。

見終わってから、ずっと頭に残っていることがあるので、その話をさせてください。

※ここから少しネタバレになります。これから見る予定のある方は、気をつけてくださいね。

慎ましく、一生懸命に生きている人の話

主人公は、家族と慎ましく暮らす石炭商人です。

彼自身、幼い頃は貧しくて、
でも、誰かに助けられたことで、無事に大人になることができた人。

今は真面目に働いて、
決して裕福ではないけれど、
温かい家庭を築いて、切り詰めながら暮らしています。

舞台は1985年。

古き良き世界観の中で、一生懸命に生きている人なのですね。

そんな彼が、石炭を届けに訪れた地元の修道院。

この修道院は、町に対して絶大な権力を持っていました。

彼はそこで、収容されている女性たちの過酷な現実を目にしてしまいます。

そして、ある少女から「ここから出してほしい」と懇願されるのです。

町じゅうが「分かっていて、黙っている」

周りの人たちは、こう言います。

「何を思い悩んでいるんだ」
「これまで築き上げてきた生活を、壊す気か」
「修道院を敵に回したら、この町では生きていけなくなる」

町の人たちも、問題があることは分かっているのです。

分かっていながら、黙認している。

この映画が怖いのは、悪人がほとんど出てこないところだと思いました。

出てくるのは、自分の暮らしを守ろうとしている、ふつうの人たちです。

彼は、自分が今あるのは、かつて救ってくれた人がいたからだ、ということを思い返します。

助けるべきか、見過ごすべきか。

その葛藤の末に、、、、目を瞑っていられなくなって、少女を助けるほうを選びます。

それが、すごく淡々とした流れの中で起きる。

映画はそこで静かに終わります。

不気味さも含めて、深く心に刺さる作品でした…。

恐れは、まず「足を止める」

人は、恐れがあるからこそ、行動を起こせなくなって足を止めてしまいます。

実際に悪事に手を染めている人たちは、もう善意が見えなくなっているのかもしれません。

でも、多くの人は、これが決して良いことではないと分かっているはずです。

感性が動いている人なら、心が痛んでいるはず。

それでも、動けない。

「やられるかもしれない」という恐れは、人を戦う方向に駆り立てることもあります。

でも同じ恐れが、人を立ちすくませもする。

フランスの医師・生理学者のアンリ・ラボリは、戦うことも逃げることもできない状況に置かれたとき、生き物は「行動を抑える」という反応に入る、と考えました。

そしてその状態が長く続くことのほうが、体にとって重い負担になる、と。

Ray Peatも、このラボリの仕事をくり返し取り上げていました。

逃げ場のない恐れの中で、じっと動かずにいる。

町の人たちの「黙認」は、冷たさというより、この「立ちすくみ」に近いものに見えます。

そして、立ちすくんでいるあいだも、心は痛み続けている。

痛みを感じながら動けないというのは、実はいちばん消耗する状態なのかもしれません。

余裕がないとき、脳は「いつもどおり」を選ぶ

脳は、エネルギーに余裕がないときほど、新しいことや危ないことを避けて、「いつもどおり」を選ぼうとします。

いつもどおりなら、予測が外れない。
予測が外れなければ、余計なエネルギーを使わずにすむ。

燃料が足りないときの脳にとって、これはとても合理的な判断なのですね。

だから、暮らしが苦しいときほど、人は「波風を立てない」ほうへ寄っていく。

町の人たちが悪いのではなく、

暮らしをぎりぎりで回している人ほど、恐れを越えるための余白が残っていない。

そういう面も、あるのだと思います。

(主人公も、決して余裕のある暮らしではありません。それでも動いた。だからこそ、この映画は静かに怖くて、静かにあたたかいのですよね)

恐れを越えさせたのは、「助けられた記憶」

では、何が主人公に恐れを越えさせたのか。

彼の場合は、「自分も誰かに助けられて、今ここにいる」ということでした。

自分が生かされていることへの、感謝。

それを思い出したとき、人は恐れを越えて行動できるのではないか。

そう、強く感じたのでした。

これは私の見方なのですが、

「助けられた記憶」というのは、脳にとって「世界は、自分を見捨てなかった」という記録なのだと思います。

恐れは、「この先、見捨てられるかもしれない」という予測から生まれます。

そこに、「かつて見捨てられなかった」という実際の記憶が重なると、予測の重さが少し変わる。

足を止めていた恐れが、ほんの少し緩む。

その「ほんの少し」で、人は一歩を出せるのかもしれません。

周りがどう思うか、ではなく、
自分は何に支えられて、ここにいるのか。

軸がそちらに移ったとき、人はようやく、自分の感性に従って動けるのだと思います。

あなたの「助けられた記憶」は?

あなたにも、「分かっているのに、見て見ぬふりをしてしまったこと」や、「本当はこうしたいのに、怖くて足が止まっていること」は、ありませんか?

もしあるなら、それはあなたが冷たいからでも、弱いからでもないのだと思います。

恐れの中で立ちすくんでいる、というだけ。

そのときに、ご自分がこれまで誰に助けられてきたかを、ひとつ思い出してみる。

それだけで、足の重さが、少し変わるかもしれません。


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怒りで頑張れるのはなぜ?アドレナリンは体の「前借り」——仮想敵がいないと動けないとき

SNSを見ていて、気になったことがありました。

誰かと戦うことで、すごく頑張れている人たちがいるなぁ、と。

あの人が自分を狙っている。
このままだったら、蹴落とされる。
あの人の言っていることは、間違っている。

そういう「敵」を置いて、そこに向かっていくことで、自分を奮い立たせている。

見ていると、そういう方向でやっている人が、けっこういるのですよね。

そして、戦うモードのときって、実際にすごくモチベーションが上がるのです。

ここでは、その「上がる」の中身の話をさせてください。

「やられるかも」という予測が、スイッチを入れる

脳は、いつも先を予測しながら動いています。

「このままだと、やられるかもしれない」「負けるかもしれない」

予測がそこにはまると、脳はそれを「危機」として扱います。

すると、交感神経を通して副腎からアドレナリンが出る。

アドレナリンが出ると、肝臓は蓄えていたグリコーゲンを分解してブドウ糖を血液に出し、脂肪組織からは脂肪酸が放出されます。

心拍が上がり、頭が冴えて、体が前のめりになる。

つまり、エネルギーを回すスイッチが、強制的に入るのです。

だから私たちは、アドレナリンで頑張れてしまうのですね。

怒りや敵意で「やる気」が出るのは、気のせいではありません。体の中で、実際にエネルギーが動員されているのです。

ただし、それは前借りでできている

ここで大事なのは、そのエネルギーがどこから来ているか、です。

普段の食事から入ってきた燃料が、余裕をもって回っているわけではない。

足りない分を、体の中の蓄えから引き出している。

そして、緊急事態が長引くと、もうひとつのストレスホルモン、コルチゾールが前に出てきます。

コルチゾールは、筋肉などのたんぱく質を分解して、そのアミノ酸から肝臓でブドウ糖を作らせる(糖新生)方向に働きます。

ひとことで言えば、自分の体を取り崩して、燃料に変えているのです。

私たちの体には、それができる能力がちゃんと備わっています。

いざというときに命を守るための、本当に大事な仕組みです。

でも、本来は「いざというとき」用の仕組みなのですね。

これを毎日の動力にしてしまうと、1ミリずつでも、体を取り崩し続けることになります。

Ray Peatは、ストレスホルモンで回っている状態を、代謝がうまく回っていないことの裏返しとして捉えていました。燃料がちゃんと届いていれば、そもそも非常用の仕組みを毎日引っぱり出す必要はない、という見方です。

なので、アドレナリンで頑張っている人は、しばらくは頑張れちゃうのです。

でも、どこかの時点で、中長期的にガタがき始めます。

これは、「ネガティブをばらまいたから、自分に返ってくる」というような、ふわっとした話ではありません。

体のメカニズムから考えて、そうなるよね、そうなるだろうなぁ、ということなのです。

仮想敵は、燃料切れのサイン

何かにイライラしている。
誰かの揚げ足を取らないと、気が済まない。
文句や愚痴を言っているときのほうが、なぜか元気が出る。

そういうところを自分のモチベーションにしてしまうのは、

エネルギーが枯渇しているからこそ、そっち側に頼ろうとしている、ということなのです。

燃料が足りないから、アドレナリンという非常用のスイッチを入れないと動けない。

だから、仮想敵が必要になる。

性格がきついからでも、意地が悪いからでもなく、、、、燃料の話なのですよね。

そして、長年それで回してきた人ほど、自分がアドレナリンに頼っているということに、そもそも気づいていなかったりします。

それが「自分のやる気」であり、「自分の性格」だと、ずっと思ってきたのだから、当然です。

以前、罪悪感が脳の燃料を食べていく話を書きました。

罪悪感は燃料を内側から削り、仮想敵は燃料の足りなさを外側への怒りで埋めようとする。

向きは逆に見えても、根っこは同じ「脳の燃料の残り具合」なのだと思います。

スイッチを切ると、いったんだるくなる

そういう方が、プロメタボリックな食事や、脳機能回復の取り組みを始めると、ちょっと面白いことが起こります。

体が、ストレス系に頼らない回し方へと、移行していくのです。

極力、アドレナリンやコルチゾールを使わずに回そうとする。

すると、今までストレス系で回していた分が、オフになる。

その結果、すごくだるさが出る方がいらっしゃるのですね。

「え、良くなるはずなのに、なんでだるいの?」と。

でもそれは、今までそれだけストレス系に頼ってやってきていた、ということの裏返しでもあるのです。

ずっとアクセルを踏みっぱなしだった足を、ようやく離した。

離した瞬間に、今までの疲れが、やっと表に出てくる。そんな感じでしょうか。

移行の時期は、一人だと揺れる

この時期は、一人だと本当に不安になります。

何が起きているんだろう。
やっぱりこのやり方は、私に合わないんじゃないか。

そう思って、元のやり方——つまり、ストレス系で自分を叩き起こすやり方——に戻ってしまう方も少なくありません。

だから私は、この時期こそ伴走が大事だと思っています。

伴走していく中で、そういう不安は抜けていって、体のほうも、ストレス系じゃない状態で回すことを、だんだんし始めるようになっていきます。

そうなると、文句や、人の愚痴や、仮想敵で、エネルギーをひねり出す必要がなくなってくる。

だから、心が平安になっていくのですよね。

エネルギーがあれば、人は勝手に頑張る

かといって、頑張らなくなるわけではないのです。

むしろ、エネルギーを持つと、人はみんな勝手に頑張るようになります。

私たちはもともと、より良く生きようとする生き物です。

脳は、エネルギーさえもらえば、拡大していくのですね。

縮こまっていく、萎縮していくというのは、どうしてもエネルギー不足の結果として起こっていくこと。

そうではなく、エネルギーを入れていけば、機能は上がり続けていくものなのです。

敵がいるから頑張る、のではなく、燃料があるから自然と前に進む。

同じ「頑張る」でも、中身がまったく違うのです。

ムチを打つしかないとき

でも、エネルギーがないまま、それでも頑張らないと生きていけない。

そうやって自分にムチを打つやり方をしているときは、

どうしても、仮想敵を作ってしまう。

ああ、そういうことをやってしまうのが、私たちなんだよなぁ〜。

と、SNSを眺めながら、しみじみ感じたのでした。

あなたにも、「怒っているときのほうが動ける」「誰かに負けたくない気持ちで、なんとか踏ん張っている」という感覚はありませんか?

もしそうなら、それはあなたが戦い好きだからではなく、燃料の残り具合のサインなのかもしれません。


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