暗くて寒い場所に5時間、燃料ゼロ。チームラボで家族全員がヘロヘロになって分かった「足りなかったもの」

帰省していた時の失敗談をひとつ、聞いてください。

今日はわたし自身の失敗です。

暗さと寒さは、エネルギーを奪う

京都にいる間に、家族でチームラボに行きました。

ご存じの方も多いかもしれません。
室内のアートを体験しながら歩いてまわる、
アミューズメントパークでもあり、アートスペースでもある、あの場所です。

これがもう、とてもよくできていました。

そこは本当に、すばらしかったのです。

ただ——。

館内は、全体がとても暗いのです。

デジタルアートを際立たせるためですね。
足元がよく見えない。
どこに何があるのかも、よく分からない。

そして、寒い。

泡の部屋のような展示があったりなので、
そういうのを保つためだと思うのですが、
「快適」と思う以上に、しっかり冷やしてあるのです。

暗さと寒さ。

この二つは、人のエネルギーをものすごく奪います。

暗い中にいると、わたしたちの体はストレス反応を出します。
寒い中にいると、体温を保つために燃料を燃やします。

そこに、アートを感じるという刺激が重なる。

楽しいのです。
楽しいのですが、楽しさもまた、エネルギーを使うのです。

燃料を、コインロッカーに預けてしまった

わたしはここで、最大限にひとつやらかしたことがありました。

「身軽で入った方がいいですよ」

そう案内されて、荷物をほとんど入口のコインロッカーに預けたのです。

——つまり、、、、糖分を補給できるものを、
何ひとつ持たずに中へ入ってしまったのです。

一つひとつの作品をじっくり見ていたので、
気がつけば、5時間。

暗くて、寒くて、刺激があって、5時間。
そして手元に、燃料はゼロ。

前半は、それはもう楽しかったのです。

エネルギーもたっぷりあって、
次はどこを見よう、と足取りも軽くて。

でも、後半になってくると。

「次を見たい」という気持ちと、疲れとが、
体の中で対抗しはじめるのです。

子どもたちは、始終、寒い寒い!!って言ってます。
手も冷たくなってます。
(私は、日々の努力の賜物か、笑、手はずっと温かいままでした。)

見たいのに、体が万全の状態としてはついてこない。

最後には、一番下の娘が、
おんぶしてもらわないともう動けない、
というところまでヘロヘロになりました。

わたしも、上の子たちも、似たようなものでした。
座れるところがあるなら座りたい〜。

食べたら、元気が戻った

そして、ここからが今日いちばんお伝えしたいことです。

建物を出て、みんなでごはんを食べたら。

元気が、戻ったのです。

あんなに動けなかった子が、また笑って歩き出しました。
帰りの車の中では、大はしゃぎでふざけあっこするくらいでした。

ああ、足りなかったのは、体力でも、気力でも、根性でもないんだよな〜。

ただ、燃料だったのだよな〜。と、また改めて実感する出来事でした。

わたしは燃料切れにならないように、って、いつも人に伝えている立場なのに、
自分がまんまとやってしまいました。

2時間位で見終わるのかな、と勝手に予想してて、予習不足だったこと。
入館が11時〜で遅めの朝食食べてからだから、11時〜1時すぎだったら、いけるでしょ、と目論んでました。
でも、実際出たのは4時になってました。

そして、「エネルギーが消耗される環境かどうか」を、
予想したり、先に調べたりしておけばよかったな、と本当に思いました。

もし毎日が「暗くて寒い5時間」だったら

さて。

チームラボは、5時間で出てこられます。

でも、もし。

暗くて、寒くて、緊張のある環境に、
毎日いる人がいたとしたら。

そして、燃料がずっと足りていなかったとしたら。

その人は、どうなるでしょうか。

朝、起きた瞬間から疲れている。
午後になると、頭が働かなくなる。
夕方には、もう何も考えられない。

——これは、本当に根性の問題ではないのです。

血糖値は高いのに、体はガス欠

ここで、もうひとつ。

血糖値が高いと言われた。糖の取りすぎだわ、余ってる、と思いがち。

でも、体はいつもガス欠のようにだるい。

この二つは、矛盾しているように見えますよね。

でも、矛盾していないのです。

血液の中は糖であふれているのに、
本当に糖を必要としている場所には、届いていない。

そういうことが、体の中では起こります。

チームラボを出たあとの、あの「食べたら戻った」感覚。
あれが起きない体になっている、ということです。

あなたの毎日が、
「燃料を預けたまま歩き続ける5時間」になっていませんように。


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動けなくなるのは弱さではない。「大丈夫ですか」の一言が脳のエネルギーを節約する——安心感という、目に見えないインフラの話

これは、東京に2泊3日で行っていた時の話です。

その日が、帰る日でした。

滞在していたのは、マンションの一室を借りるタイプの宿です。

その朝、夫が散歩に出かけようとしたときのことでした。

そのマンションのエントランスは、扉が2枚あります。

外から入る扉と、セキュリティを通った先の扉。

その中間のスペースに、25歳くらいの女性がしゃがみ込んで、泣いていたそうです。

まわりには、化粧ポーチの中身が散らばっていました。

化粧道具。お金。そして、携帯電話。

夫は「大丈夫ですか?」と声をかけました。

返ってきたのは「すいません、すいません……」という言葉だけで、彼女は泣き続けていました。

散らばったものをそのままにもしておけず、夫は一箇所に集めるのを手伝ったそうです。

それでも、彼女はしゃがみ込んだまま動きませんでした。

「30分くらいで戻ってきますからね、大丈夫ですか?」

そう声をかけて、夫は散歩に出ました。

ところが、思いのほか散歩が楽しくなってしまって。

戻ったのは、1時間後でした。

彼女は、いませんでした。

そして——集めた化粧道具も、お金も、携帯電話も、すべてそのまま残されていたのです。

「その人は、どの部屋の人ね?」

「ちょっと何が起こったのかよくわからないんだけど……」

部屋に戻ってきた夫の第一声が、これでした。

なぜ、お金も携帯も置いたままいなくなったのか。

今、どうしているのか。

わたしたちには、何ひとつわかりません。

夫は、少し自分を責めていました。

あのとき、それ以上何ができたんだろう、と。

家族での旅行中でしたから、正直、面倒なことに関わりたくない気持ちもあったと思います。

そのまま散歩に行ってしまってよかったのだろうか、と考え込んでいました。

それで、「みんなでもう一度見に行ってみよう」ということになって、家族で1階へ降りたのです。

そこは、何事もなかったかのように片付いていました。

管理人室が開いていて、管理人さんが表玄関を一生懸命に掃いていました。

「ここに、色々散乱していませんでしたか?」と聞いてみました。

「ああ、あんたのやったんね」

「いえ、私のではないんです。さっきここで泣いている人がいて、でもいなくなってしまっていて……」

そう説明すると、管理人さんはこう言いました。

「その人は、どの部屋の人ね?」

わたしたちは、「ちょっとそこまではわからないです」と答えるしかありませんでした。

本当に、それだけの出来事です。

そこには確かに、誰かのドラマがあった

でも、綺麗になった床を見ていたら、複雑な思いが込み上げてきました。

そこには確かに、誰かのドラマがあったのです。

そして今も、どこかで苦しんでいる人がいるかもしれない。

その痕跡すら、跡形もなく拭かれていました。

今日は、この出来事から考えたことを書かせてください。

彼女に何があったのかは、わたしにはわかりません。

ですから、それは書きません。

代わりに、「人が動けなくなるとき、体の中で何が起きているのか」と、

「誰かが声をかけることは、生理学的にどういう意味を持つのか」——

この2つを、代謝の視点から整理してみたいと思います。

脳は「立て直す機能」から先に手放す

まず、動けなくなる側の話からです。

散らばったものを、拾えない。

立ち上がれない。

「大丈夫ですか」と聞かれても、「すいません」しか出てこない。

こういう状態を、わたしたちは「気が動転している」という言葉で片づけます。

でも体の中では、はっきりとした順番で機能が落ちています。

脳は、体重のわずか2%ほどの重さしかありません。

それなのに、安静時のエネルギーの約20%を使います。

そして脳が主な燃料にできるのは、基本的にグルコースだけです。

ここからが大事なところです。

使えるエネルギーが細ったとき、脳はすべての機能を平等に落とすわけではありません。

優先順位をつけて、後回しにできるところから切っていきます。

では、何が「後回しにできる」と判断されるのか。

真っ先に落ちるのは、前頭前野の機能です。

段取りを立てる。

今やるべきことを順番に並べる。

感情の高ぶりにブレーキをかける。

——つまり、「立て直す」ための機能です。

生き延びるという一点だけで見れば、これらは急ぎではありません。

心臓を動かすほうが先です。呼吸を続けるほうが先です。

だから脳は、立て直す機能から先に手放します。

散らかったものを拾い集めるというのは、実は高度な作業です。

何が落ちているかを把握して、順番を決めて、体を動かす。

前頭前野が働いていなければ、これができません。

できないのであって、しないのではないのです。

同じことが、わたしたちにも起きます

ここで、この話を彼女の診断にはしません。

わたしは彼女の事情を何も知りませんし、知らないことを知ったふりで語るのは、いちばんしてはいけないことだと思っています。

でも、これだけは言えます。

同じことが、わたしたちにも起きます。

やらなければいけないことがあるのに、体が動かない。

台所に立てない。

たまった洗濯物を見て、途方に暮れる。

メールの返信が、どうしても打てない。

そういう日を、多くの方が経験されていると思います。

そして、それを自分の性格のせいにしています。

「わたしは怠けている」「意志が弱い」と。

違うのです。

立て直す機能そのものに、燃料が回っていないだけです。

以前『楽しいことも「負荷」です。帰省と旅行で消耗する代謝の話』でお伝えしたことと、

これはまったく同じ構造の話です。

脳が使ったエネルギーに対して、供給が追いついていない。それだけなのです。

声をかけることは、ストレス反応そのものを下げる

次に、声をかける側の話をします。

ここが、今日いちばんお伝えしたいところです。

誰かがそばにいて言葉をかけることは、単なる気休めではありません。

生理的に、ストレス反応そのものを下げます。

これは社会的緩衝(social buffering)と呼ばれていて、

人でも動物でも繰り返し確認されてきた現象です。

同じ強さの脅威にさらされても、信頼できる誰かがそばにいるだけで、

コルチゾールの上がり方が明らかに小さくなります。

なぜでしょうか。

脳にとって最大の仕事は、安全確認だからです。

ここは安全か。危険か。逃げるべきか。

この確認が終わらないかぎり、警戒のシステムは動き続けます。

そして警戒のシステムは、莫大なエネルギーを食います。

「大丈夫ですか?」という一言は、その確認作業を、外から手伝う行為なのです。

誰かが自分に気づいている。

ひとりではない。

このシグナルが入ると、脳は警戒のレベルを一段階下げることができます。

下げられれば、そのぶんのエネルギーが浮きます。

つまり——つながりは、気分の問題ではありません。エネルギーの節約なのです。

この「安全のシグナル」が迷走神経を通って伝わる、という考え方もあります。

(これはポリヴェーガル理論と呼ばれる仮説で、確定した事実というより、有力な説明モデルとして扱うのが正確です)

いずれにしても、人と人が近くにいる状態というのは、

わたしたちが思っているよりずっと、代謝的に「安い」状態なのです。

安全確認が終わらないと、コルチゾールが降りてこない

逆を考えてみます。

安全確認が、いつまでも終わらないとどうなるか。

コルチゾールが、降りてこなくなります。

コルチゾールは緊急時のホルモンとして優秀です。

血糖を作り、体を動かせる状態にしてくれます。

問題は、これが常時オンになったときです。

コルチゾールは、甲状腺ホルモンT4からT3への変換を妨げ、

不活性型のリバースT3を増やす方向に働きます。

T3は、細胞が糖を実際に燃やすために必要なホルモンです。

警戒が続く

→ コルチゾールが降りない

→ 燃やす力が落ちる

→ エネルギーが作れない

→ ますます立て直せない

この輪の中にいる人は、たくさんいらっしゃると思います。

そして、その入り口が「誰にも見つけてもらえない」という状況であることが、意外とあるのです。

Dr. Stephensが提唱するHuman Restoration Science(人体回復科学)では、

不調の出発点を一貫して「脳のエネルギー不足」に置きます。

脳幹と視床下部が省エネモードに入ると、生命維持に直結しない機能から順に切り捨てられていく。

人に助けを求める、という行為も。

実は、切り捨てられる側にあります。

声を出す。事情を説明する。相手の反応を予測する。

助けを求めるというのは、それだけで前頭前野の仕事なのです。

いちばん助けが必要なときに、いちばん助けを求めにくくなる。

体は、そういうふうにできています。

外でもなく、中でもない場所

ここで、あの二重扉の話に戻ります。

扉が2枚あるのは、住んでいる人を守るためです。

これは、正しい設計です。

わたしはそれを責める気持ちにはなれません。

ただ、その仕組みが同時に、ひとつの場所を作りました。

外でもなく、中でもない、中間のスペース。

住民でもなく、通行人でもない場所。

そこにいる人は、誰の管轄でもないのです。

管理人さんの言葉が、それをよく表していました。

「その人は、どの部屋の人ね?」

悪気があって言ったのではないと思います。

その方は、朝早くから玄関を一生懸命に掃いていました。

ただ、都会で人と関わるためには、まず「どこに属しているか」がわからないといけない。

そういう仕組みの中で、みんなが暮らしているのです。

だから床は、拭かれました。

綺麗になりました。

何もなかったことになりました。

人情である以前に、インフラ

わたしたちが普段暮らしているところは、ずいぶん違います。

お隣のおじちゃんが、家を覗き込んで「スイカ食べて」と置いていってくれます。

ツルムラサキを分けてくれます。

道端で誰かが泣いていたら、「どうしたの?」と声をかけるのが当たり前です。

近所の誰がどこに住んでいるか、お互いにわかっています。

以前は、これを「田舎の人情」くらいに思っていました。

でもその日、あの床を見ながら思ったのです。

あれは人情である以前に、インフラなのだと。

スイカを持ってくるおじちゃんは、わたしの安全確認を、外から手伝ってくれています。

「ここにはあなたを気にかけている人がいますよ」というシグナルを、勝手に届けてくれている。

そのぶん、わたしの脳は警戒を一段下げられて、エネルギーを他のことに回せます。

つながりの濃い場所で暮らす人が、なんとなく元気に見えることがありますね。

あれは気のせいではないのだろう、と思います。

安心感が常設されている環境は、代謝的に燃費がいいのです。

逆に言えば——

都会で不調を抱えている方が、自分の努力不足を責める必要は、まったくありません。

環境が持っている緩衝装置の量が、そもそも違うのですから。

つながりが先ではなく、燃料が先

では、どうすればいいのでしょうか。

つながりを作りましょう、という話で終わらせるつもりはありません。

それは、いちばんエネルギーが要ることだからです。

しんどいときに新しい人間関係を作れというのは、酷な話です。

ここで、順番をひっくり返します。

安心感には、外から来るものと、内から作れるものがあります。

外から来るもの——誰かがそばにいてくれること——は、自分ひとりでは決められません。

でも、内側の安心感は、自分で作れます。

糖がしっかり使えている体は、それ自体が「安心状態の代謝」です。

脂肪を一生懸命に燃やさなければならない体は、アドレナリンを使う代謝、つまりストレス系の代謝になります。

同じ人でも、燃料が何かで、体が置かれている状態はまるで違うのです。

ATPが潤沢に作られていて、脳にエネルギーが届いている。

そのとき人は、飢餓感から抜け出します。

金欠のときに安心できる人はいません。

でも、必要なだけ持っているとわかっていれば、人は落ち着いていられます。

体のエネルギーも、まったく同じです。

ですから、順番はこうです。

まず、糖を満たす。

すると、警戒のレベルが下がる。

前頭前野が戻ってくる。

——そこで初めて、人に声をかけたり、助けを求めたりする力が出てきます。

つながりが先ではありません。

燃料が先です。

最後に、夫のこと

最後に、夫のことを書かせてください。

夫は、声をかけました。

散らばったものを集めるのも手伝いました。

戻ってくると言って、実際に戻ってきました。

それでも、「あれでよかったのだろうか」と考え込んでいました。

わたしは、それでよかったと思っています。

全部を解決できる人なんて、いません。

わたしたちにできるのは、たいてい「大丈夫ですか」の一言くらいです。

でもその一言は、少なくともあの数分間、彼女の脳の警戒を一段階下げていたはずなのです。

それは、決して小さいことではありません。

床は拭かれて、何もなかったことになりました。

でも、あったのです。

そして、どこかで誰かが今も、しゃがみ込んでいるかもしれません。

もしあなたが今、立ち上がれない側にいるのなら。

それはあなたの弱さではなく、立ち上がるための燃料が足りていないだけです。

まず、食べてください。

シンプルな糖を、脳に届けてあげてください。

体は、ちゃんと応えてくれます。


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脳の中に虫?! RFK Jr.の「脳の虫」の話と、寄生虫の本当の役割

ドキッとするタイトルですが、本当に「脳の中にいた虫」の話です。

私は毎週日曜日に、脳機能回復の第一人者であるDr.Stephensのトレーニングを、海外の臨床家の方たちと一緒にオンラインで受けています。

そのトレーニングの録画を見返していたら、寄生虫の話で、ずいぶん盛り上がっている回がありました。

手術中に見た「脳の中の虫」

話していたのは、Dr.Stephensではなく、その臨床家の方です。

ふだんから顕微鏡で血液を見ている方なので、こんな話をしてくれました。

アメリカでもトップクラスの脳神経外科の先生と一緒に仕事をしていたとき、その先生は手術中に、脳の中を這う虫を見たことがあるのだそうです。

でも、その先生は寄生虫の専門家ではありません。医師免許のこともあるので、患者さんには「脳に虫がいましたよ」とは言わない。

聞いていた参加者の方たちから、「うわっ!!」と声が上がっていました。

(私も画面の前で、同じ声が出ました、笑)

RFK Jr.と脳の虫

そこで他の臨床家が聞いたのです。

「それって、RFK Jr.がなったものですか?」

RFK Jr.とは、ロバート・F・ケネディ・ジュニアさん。

ケネディ大統領の甥で、いまはアメリカの保健福祉長官を務めている方です。

彼は、「そう、脳の虫の話を世の中に知らしめたのは、まさにRFKなんだよね」と答えていました。

そして、「1度RFK Jr.とディナーをしたことがあるけど、彼の話を直接聞くことほど面白いことはなかった」と。

アメリカ中がざわついたニュース

アメリカでは、2024年の大統領選挙のさなかに、この話が大きなニュースになりました。

ニューヨーク・タイムズが報じたのは、ケネディさんが2012年に裁判の中で証言していた内容です。

2010年ごろ、ケネディさんは物忘れがひどくなり、頭に霧がかかったような状態になって、病院で検査を受けました。

脳のスキャンに影が見つかり、最初は腫瘍ではないかと疑われていたそうです。

ところが別の医師に診てもらうと、こう言われたのです。

「これは、虫が脳に入り込んで一部を食べ、そのまま死んだあとです」

豚の条虫と、その後

ご本人も、どんな寄生虫だったのか、どこでうつったのかは分からないと話しています。

ただ、報道の中で別の医師は、豚の条虫(サナダムシの仲間)の幼虫ではないか、と見立てていました。

豚の条虫の卵が口から入ると、幼虫が体の中を移動して、脳にまでたどり着くことがあるのです。

ケネディさんご本人は、その後、物忘れからはすっかり回復したと話しています。

それにしても、大統領選に出ている方が「脳に虫がいた」と証言していたのですから、アメリカ中がざわついたのも無理はありません。

細胞の中の寄生虫

ここまで読んで、「いやいや、それは海外の、特別な人の話でしょう」と思いましたよね。

私も、最初は寄生虫話しって、聞くたびそう思っていた頃がありました。

でも、この勉強会に集まる臨床家の方達が声を揃えて言うには、私たちの体は、細胞のレベルでは思っている以上に寄生虫を抱えている、ということでした。

(これは、プロメタボリックアプローチでわたしが直接習っているNateも言っていることです。)

ただ、細胞の中にいるものは、なかなか追い出せない。

よく名前の挙がるイベルメクチンという薬は、細胞の壁を通り抜けられません。細胞の中まで届く薬もあるけれど、それを使うと体調をひどく崩してしまう人が多い、とのことでした。

裏庭のピザとアライグマ

ここからが、いちばんお伝えしたいところです。

Justinは、寄生虫をこんなふうに捉えていました。

「寄生虫は、体の中の死んだものや傷んだもの、毒素を片づけるためにいる。だから、健康なものは一切好まないんだ」

そして、こう例えたのです。

「毎晩、裏のポーチにピザを置いておいたら、アライグマやらなにやらが、次々にやってくる。でも、置くのをやめれば、よそへ行ってしまうよね」

戦って追い出すのではなく、エサになっているものを体から片づける。そうすれば、寄生虫のほうから去っていく、という考え方です。

まだ「予想」の段階

その臨床家の方は、Dr.Stephensのもとで脳機能回復の取り組みを続けている人たちの血液を、顕微鏡で見ています。そして、どんどんきれいになっていくことを確認しています。

半年以上続けた人の細胞の中に、最終的には寄生虫が一切いなくなっていくのではないか、と予想している、と言っていました。
それを確かめて、近いうちにデータで見せてくれるそうです。

なので、今の時点では、まだ「予想」の段階です。

(ここは、私も結果を楽しみにしているところです)

「何を退治するか」より

この話を聞いて、私がいちばん「なるほどな〜」と思ったのは、見ている方向でした。

体の不調があると、私たちはつい「何がいるのか」「何を退治すればいいのか」を探しにいきますよね。

菌がいる、カビがいる、寄生虫がいる。

それなら、やっつければいい。

もちろん、薬が必要な場面はありますし、お医者さんの治療はとても大切です。

でも、それとは別に、「なぜそこに居つくのか」と考えてみる。

体のほうに、片づけきれていないものが溜まっていないか。片づけるだけのエネルギーが、細胞にちゃんと届いているか。

アライグマを追い払う前に、ピザを置くのをやめられないか、と考えてみるのです。

結局は、燃料の話

Dr.Stephensも、別の回で感染症の話になったとき、こう話していました。

抗生物質や抗ウイルス薬を使うな、と言っているのでは決してない。燃料の足りない脳では手に負えないところまで、感染が進んでしまうことがあるからです。

ただ、脳に燃料がしっかり満ちていれば、手に負えなくなる前に、脳がちゃんとおさめてくれるのだそうです。

退治することばかり考えて、片づける側の力を置き去りにしていないか。

ああ、結局ここでも、燃料の話に戻ってくるんだよな〜と、改めて思った回でした。


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夜に食べたイカスミが、翌朝もう出た。腸を触らなくても便通が整った理由は「脳」にありました

これは、大学1年生の娘と、一泊で長崎に行っていた時の話です。

夏に帰ってくる時期だけの、濃い時間でした。

その日の夕食は、イタリアンのレストラン。

夜6時ごろ、イカスミのリゾットをいただきました。

そして翌朝6時。

汚い話でごめんなさい。

イカスミの黒が、そのまま便に出たのです。

口に入れてから、12時間。

これがすごく面白い出来事だったので、今日はその話をさせてください。

食べてから出るまで、12時間

食べたものが消化されて出るまで、通常は35時間以内であればいい、と言われます。

それが、12時間。

イカスミって、はっきり黒が分かるので、時間まで確認できてしまうんですよね。

「ああ、こんなにスムーズに流れているんだ」

正直、すごく嬉しかったです。

一方で、5日前に食べたものがまだ出ない、1週間前のものがまだ体の中にある、という方もいらっしゃいます。

便通がないというのは、ただ「気持ち悪い」だけの話ではありません。

腸がちゃんと流れているからこそ、腸内の毒素——エンドトキシンが体中に蔓延するのを防げるのです。

だから便通は、健康の基本中の基本なのです。

マグネシウムに頼っていた私が変わったわけ

ここで、正直に言いますね。

私自身、長いことマグネシウムに頼っていました。

マグネシウムを摂らないと、便通が崩れていく。

そういう状態だったのです。

それが今は、そういうものに一切頼ることなく、1日1回以上。

しかも、12時間で出ていく。

腸に何かをしたから、ではありません。

脳の機能が回復したから、です。

世の中では「腸活」がさかんに言われますよね。

でも私が強く実感しているのは、腸は腸を触らなくても動き出す、ということです。

腸は、脳からの指令で動いています。

指令を出す側が省エネモードに入っていたら、腸だけをどれだけ応援しても、動きようがないのです。

見る場所が、少しだけ違うのかもしれません

もしあなたが今、サプリメントやお茶や運動で一生懸命「腸」に働きかけているのに、変わらないとしたら。

見る場所が、少しだけ違うのかもしれません。

脳を回復させる燃料は——いつもお伝えしている通り、シンプルな糖です。

出ないのは、意志が弱いからでも、努力が足りないからでもありません。

ただ、指令を出す側の燃料が、足りていないだけなのです。

娘とじっくり向き合える体でいられること

あの夜の娘との食事は、実は食べ物の話だけでは終わりませんでした。

大学生になって考えることが増えたという彼女が、「母と向き合わないといけない部分」を、自分の言葉で語ってくれて。

ワインを飲みながら、久しぶりに深いところまで話せた夜でした。

こんなふうに娘とじっくり向き合える体でいられること。

それもきっと、代謝がちゃんと回っているからなのだと思います。

今日も、あなたの体がちゃんと流れていきますように。


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旅のあとも疲れない体はつくれる。フェリーで朝5時半着、そのまま動き続けられた理由は「代謝」でした

これは、3泊4日の関西への帰省旅がおわった時の話です。

そして、感じたこと!

結論から言います。

旅のあとでも疲れない身体は、作れます。

その正体は、やっぱり「代謝」です!!

茶畑の結婚式と、四十九日の帰省旅

その旅、

行きと帰りがフェリーなので、関西では1泊という結構強行な旅でした。

夫の会社のイギリス人スタッフと、元スタッフの結婚式。
そして、義父の四十九日の法事というなかなか大きなイベントのための帰省でした。

特に結婚式は、茶畑の中で挙げるというスペシャルなスタイルでした。

本当に美しかったのですが、なんせ茶畑。
山の上に順番に移動したり、準備が整うのを待ったり。

子供たちは待ち時間にちょっと限界に(特に一番下の7歳!)。
ぐずぐずになりながらも、なんとか持ちこたえてくれました。

それでも式が始まると、スピーチも感動的で、本当に美しい式でした。

そして披露宴。これが5時くらいまで。
さらにその後は2次会。

最後は私も子供も社交の限界に達して(笑)パーティー会場を後にしました。

しかも翌日はおじいちゃんの四十九日。
夜はそのまま実家に泊まりに向かう〜という、てんこ盛りの初日だったのでした。

全行程を無事終えて

その夜、大阪南港から
フェリーに乗って

門司港に着いたのは、翌朝の5時30分でした。

そこから車を走らせて、
長崎の自宅に着いたのが朝8時。

そんなこんなな3泊4日の旅の直後。

普通なら、布団に倒れ込みますよね。

ですが。
私は玄関を開けた瞬間から
「現実モード」に切り替わりました。

ただいま〜の瞬間から、午前中を一気に

まず、子供たちを学校へ送り出して。

その日に限って「お弁当の日」ということに気が付き。(汗)

しかも、間に合わなかったので
遅れて届ける分を急いで準備。

メニューは、
「ミネストローネスープ」です。

次に、3泊4日分の洗濯物。

洗濯機を3回転させて、
全部干し終えて。

時計を見ると、9時55分。

10時スタートの
「7日間チャレンジ」フォローアップZoomに
猛ダッシュで入室しました。

結婚式の疲れ、
フェリーの移動疲れ。

そういうのもあったはずだけど…

弁当作り。
洗濯3回転。
そしてZoomでのフォローアップ。

そのスケジュールを、
ただいま〜の瞬間から午前中一気に駆け抜けることができました。

そして正直に言いますと。

身体は、驚くほど軽かったのですよね。

「エネルギーが途切れない」
という感覚。

これって、以前の私であれば、絶対無理でした。
旅行中はまだ気が張っているから頑張れるけど、そのあとは2〜3日
使いものにならなかったなあって思います。

でも今は、
帰宅した瞬間から「さっくり」動ける。

この差はいったい何なのか?

この差は「代謝」

結論から言います。

「代謝」です。

代謝が上がっていると、
旅のあとの回復力と行動力が
以前とは全く別のものになります。そりゃそうですよね。。。

供給されるATP量が違うと、エネルギーが途切れにくいですよね。

一番感じたのは「体力」のことではなかった

でも、あの旅で一番感じたのは、
実は「体力」のことではなかったのです。

あの茶畑の結婚式。

山の上から見渡す緑の中で、
風を感じながら、
新郎新婦のスピーチに涙した瞬間。

5時まで続いた披露宴の中でも、感動で涙が出たタイミングが何度かありました。
そして、お食事も最後のひと皿まで美味しく味わえました。

私も知っている顔は、ちらほらはいるけれど、
私にとってはほとんどアウェイな環境。
間違いなく、緊張する環境です。

それでもおしゃべりする機会があった方と楽しく話して、
最後まで不機嫌にならず楽しめたこと。

以前の私だったら、
こうはいかなかったのです。

正直に言いますね。

数年前の私なら、
どんなに美しい結婚式でも、
途中から頭の中は
「疲れた」「早く帰りたい」
でいっぱいだったと思います。

感動的なスピーチも、
耳に入ってこない。

美味しい料理も、
味がよく分からない。

景色を見ても、
「綺麗だな」の一言で終わり。

身体が疲れていると、
心まで閉じてしまうのです。

代謝が上がるとは「人生をフルスペックで味わえる」こと

代謝が上がるというのは、
「タフになる」ことではありません。

「人生を、フルスペックで味わえるようになる」
ということだなって思います。

茶畑を渡る風の心地よさを
全身で感じられる。

大切に綴られた言葉に、
ちゃんと心が震える。

夜まで続くパーティーで、
「楽しい」と思える自分でいられる。

そして翌朝にも大きな行事を行い、
フェリーで帰ってきて、
そのまま弁当を作って洗濯を回して、
Zoomに入れてしまう。
(zoomでは盛り上がって時間延長でお話してしまいました!)

これが、
「代謝が整った身体」の
リアルな姿です。

もしあなたが今、

「旅行に行っても疲れるだけ」
「何を食べても、なんだか同じ味」
「感動する映画を観ても、泣けない」

と感じているなら。

それは年齢のせいではありません。
代謝が落ちているサインです。

そして、それは
「戻せる」のです。

何歳からでも。
正しい順番で、身体を満たしていけば。

私自身、
数年前は旅行のあと2〜3日
寝込んでいた人間です。

そこから私は変わったわけだけど、
特別なことをしたわけではありません。

身体が本来必要としているものを、
正しい順番で、届けただけです。

あなたの身体も、
本来はもっと「感じられる」力を
持っています。

それを取り戻す第一歩を、
一緒に始めてみませんか。


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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後回しにしてしまうのは怠けではない|目的がはっきりすると、隙間時間に勝手に入り込んでくる

日曜の朝は、毎週、脳機能回復のドクターのトレーニングコースがあります。

ある日曜日の話です。

もちろん、全部英語です。

その日もクラスがあって、最後のディスカッションのところで、参加している別のドクターから、突然こう振られました。

「けいこ、前に相談していたクライアントさんのアップデートは?シェアして」

ちょうどその後の経過があったので、なんとかお話ししたのですけれども。

この日曜日の朝は、毎週、とても試される時間だな〜と思っています。(それも、朝5時から3時間!)

日常会話なら、平気なのに

日常会話レベルなら、全然プレッシャーなくいけるんです。

でも、専門的なことを英語で質問しようとする。

意見を言おうとする。

ここは、やっぱりハードルがさらに一段高い。

しかも、20人ぐらいの限られた人数の中でディスカッションが進んでいて、そこで急に名前を呼ばれる。

英語圏の方にとっては、何のチャレンジでもないことだと思います。

でも、英語圏の人間ではない私にとっては、友達とおしゃべりするのとはまったく違う、ドキドキ感があるわけで。

大人なのに、保育園児の立ち位置

ここで、思い出すことがあります。

最初にアメリカに渡ったとき。

学生時代、受験期にはそれなりに英語を勉強してきた方だったと思います。

英語の論文も、読んでいたはずでした。

それなのに、全然通じない。

自分は大人なのに、言葉が通じないというだけで、本当に保育園児のような立ち位置になってしまう。

あの苦さは、味わったことがないと、なかなか分からないかもしれません。

言葉が通じない。

言葉が理解できない。

それだけで、人はすごく「弱者」になるんですよね。

そこから勉強して、しどろもどろの英語にも付き合ってくれる、お茶飲み友達のような存在ができて。

なんとか言いたいことを通じさせながら、やってきました。

そのあと2010年に、ニューヨークのホリスティック栄養学の学校に通うことになって。

「この英語力じゃ、授業についていけない」

と、そこでまた本格的に勉強に力を入れました。

ただ、あの頃は、先生に当てられて意見を求められる、なんてことはなかったんですよね。

「分からない」は、エネルギーを使う

以前、『「分からない」という状態が、いちばんエネルギーを使う』という記事を書きました。

私たちの体は、「悪い知らせ」よりも「分からない」のほうに、エネルギーを使うようにできている、という話です。

言葉が通じない場所にいるというのは、その「分からない」が、朝から晩まで続くということです。

相手の言っていることを、一語ずつ拾う。

拾えなかった部分を、推測で埋める。

返す言葉を、頭の中で組み立てる。

組み立てているあいだに、話はもう先へ進んでいる。

これをずっと続けていたら、疲れて当然なのですね。

しかも、そうやって必死に処理しているあいだ、外から見えるのは「うまく話せない人」の姿だけ。

保育園児の立ち位置、というのは、そういうことなのかもしれません。

10分の隙間は、意外とある

その日曜日の朝のために、自分で作った英語のアプリで、英語を鍛え直しています。

使うのは、隙間時間。

子どもを送っていくとき。

洗濯物を干しているとき。

ご飯を作っているとき。

誰でも、1日のうちで、まとまった時間はなかなか取れないんですよね。

1時間、2時間を確保するのは難しい。

でも、10分の隙間って、結構あるんです。

洗濯物を干しているとき、手はふさがっていても、耳は自由ですよね。

そういう時間に、ちょこちょこ、ちょこちょこ。

間をあけて、くり返す

この「ちょこちょこ」には、ちゃんと裏づけがあります。

学習の研究では、同じ量を学ぶのでも、一度にまとめて詰め込むのと、間をあけて何回かに分けるのとでは、記憶の残り方が違う、ということが昔から調べられてきました。

「分散学習」と呼ばれているものです。

2006年に『Psychological Bulletin』に出た、カリフォルニア大学サンディエゴ校のグループの研究があります(Cepeda et al., 2006)。

この分散学習について、それまでに発表された184本の論文、317の実験、839の評価を集めて、まとめて分析したものです。

そこで分かったのは、間をどれくらいあけるかと、どれくらい先まで覚えておきたいかが、いっしょになって、記憶の残り方を決めている、ということでした。

そして、長く覚えておきたいものほど、いちばん効く間隔も、長くなっていく。

それどういうことかというと、

一夜漬けのように、いっぺんに詰め込むのではなく、

時間をおいて、何度も出会い直すほうが、脳には残っていく、ということです。

前に、娘の計算の話を書きました。

8たす5が、くり返すうちに、もう13にしか見えなくなる。

脳はくり返したことをパターンにして、エネルギーの無駄づかいを減らしていく、という話でした。

英語も、同じなのだと思います。

毎日の10分で出会い直しているうちに、一語ずつ拾っていたものが、かたまりのまま入ってくるようになる。

それはそのまま、「分からない」に使っていたエネルギーが、少しずつ浮いてくる、ということでもあるのですね。

なぜ、ずっと後回しだったのか

ここで、ふと思ったのです。

日本に帰ってきて、なぜ今まで、英語をもっと上手に話せるようになろう、と積極的にならなかったのか。

日々の中で、それは後回しなことでしかなかった。

やっぱり、「絶対に必要だよね」という目的が、薄かったのかな、と。

アメリカの友人とオンラインで話す時には日常会話なので、少々通じなくてもなんとかなる訳で、そうすると、絶対必要!!というモチベーションにはならなかった。

今は、違います。

英語で質問しなければならない!!っていう、こんなに恵まれた環境の中にいる。

脳機能回復のドクターと直接やり取りを毎週させてもらえる環境って、そうそう無いと思っています。

その恩恵を、いま私と一緒に脳機能回復に取り組んでくださっている講座生の方たちに、還元していきたい。

そのためには、現場で起きていることを、あの場でしっかりシェアして、ドクターや、ほかの先生たちから意見をもらいたい。

そう思っていると、英語の勉強には、おのずと力が入るのです。

「やる気を出さなきゃ」と、自分にムチを打っているわけではありません。

目的がはっきりした途端に、何年も後回しだったことが、毎日の隙間に勝手に入り込んできた、という感じに近いのですね。

「人は本来、怠けるものなのか」という話を書いたことがあります。

結局、後回しにしてしまう、出来てしまうのは、怠けているからではなく、

それが自分にとって「なぜ必要か」が、まだ見えていないだけなのだろうな〜と思った出来事でした。

ただ、目的だけでは足りない、とも思っています。

ここからが、いちばん書きたかった、脳機能回復とのつながりです。

同じドーパミンでも、出し方は2通りある

英語を勉強する。

算数の問題を解く。

どちらも、脳にとっては「労力のかかること」です。

でも、昨日より聞き取れた、解けるようになった——そんなときには、脳でドーパミンが出ます。

「よし、できた!」という、あの感じですね。

ドーパミンは「快楽の物質」と紹介されることが多いのですが、

もうひとつ大事な顔があります。

それは、「労力をかけてでも、取りにいこう」と私たちを動かす、という顔です。

これを人で調べた研究があります。

2012年に『The Journal of Neuroscience』に出た、アメリカのヴァンダービルト大学のグループの研究です(Treadway et al., 2012)。

25人の健康な参加者に、PETという画像検査で、脳のドーパミンの反応の大きさを測りました。

別の日に、同じ人たちに、こんな課題をしてもらいます。

楽な作業で、小さなごほうびをもらうか。

大変な作業で、大きなごほうびを狙うか。

すると、線条体の左側と、前頭葉の内側の下のほう(腹内側前頭前野)でドーパミンの反応が大きかった人ほど、

大きなごほうびのために、より大きな労力をかけることを選んでいました。

それどういうことかというと、

ドーパミンの働きがしっかりしている脳ほど、「大変でも、やってみよう」を選べる、ということです。

「ドパガキ」は、エネルギーを節約しようとする脳

ところが、ドーパミンは、労力をかけなくても出すことができます。

ショート動画を、次から次へとスクロールする。

通知が来るたびに、スマホを開く。

「ドパガキ」なんて言葉がありますよね。

手軽なドーパミンがやめられない子ども、という意味だそうです。

出ているのは、同じドーパミン。

違うのは、そこに労力をかけたかどうか、です。

では、なぜ人は、労力のかからない方を選んでしまうのか。

だらしないからでも、意志が弱いからでもなく、

脳に、労力をかけるだけのエネルギーが無いから、だと私は考えています。

前に、娘の計算の話で、脳はくり返したことをパターンにして、エネルギーの無駄づかいを減らしている、と書きました。

脳は、いつも節約したがっている臓器です。

エネルギーが足りないときほど、その節約はきつくなる。

だから、一番労力のかからない方法で、ドーパミンを手に入れようとしてしまう。

それが、スクロールの止まらない指なのだと思います。

燃料があると、労力をかけられる

反対に、脳にエネルギーがあると、

労力をかけることが、できるようになる。

英語を学ぶ。

算数を学ぶ。

何年も後回しにしていたことに、手をつける。

目的があっても、燃料がなければ、やっぱり動けないのですね。

目的と、燃料。

この2つがそろったとき、人はわざわざ気合いを入れなくても、動きだすのだと思っています。

脳機能回復って、ただ「疲れが取れる」「よく眠れる」だけの話ではなくて、

労力をかけられる脳を、取り戻していくことでもあるのです。

言われなくても、片付けはじめる

これ、インスタのストーリーに思わずシェアしたのですが、ドクターのレクチャーの中で、

「……典型的な例が、これまで関わった全ての子どもたちです。私は「お手伝いしなさい」「部屋を片付けなさい」とは全く、あるいはほとんどいいません。
それでも、脳に燃料が満ちてくると、言われなくても、急かされなくても、叱られなくても、自分から部屋を片付けはじめる。それだけが、目安ではありませんが、怠惰は人間の性質ではないと言う一つの目安です。…..」

というお話がありました。

これ、たしかにな〜〜って深く納得するのです。

下から2番目の娘は小さな頃からアトピーで、肘の内側、膝の内側がいつもかなり痒くてアトピーの子だな、って感じになっていました。

プロメタボリックで改善もしてきたけど、それでも、ちょっと外食があると、とか、埃っぽいところに行くと、とか、何かのきっかけで爆発する感じが続いていたのです。

皮膚症状に対しても脳機能回復が有効だと知って以降、娘に伝えて、そしたら、娘は自分でちゃんと摂取するようになっていました。

それは、彼女曰くは、「ちゃんと取り組んでいると、夜すぐに寝られる、パパやママが寝付いたあとにも私だけ寝られない夜が一番嫌だったけど、それが全くなくなったから!」と言う理由でした。

寝付きの改善がすぐに起こったのですが、皮膚の方はすぐには変化していなかったです。でも、ココに来て、秋口という一番皮膚が荒れやすい時期にも関わらず、彼女の皮膚はどんどん良くなって行ってて、「あれ?この頃薬を塗っているの?だからきれいになっているの?」と聞いたら、「いや、薬は全然塗っていないんだよ〜なんか、きれいになってきた!!」というのです。

彼女も脳機能回復7〜8ヶ月は取り組んできて、結果が出てきたようです。

そして、そこから、さっきのドクターの話とどう結びつくかと言うと、

主人が2週間出張で留守だったのですが、その間、玄関の靴並べをその娘がちゃんとやるんです!!!
私、一言もやれって言っていない。そもそも、それは主人がやってくれていた役割で、わたしはやらない仕事なのですが(汗)

毎日、ちゃんと並んでいるんです。

それとか、お姉ちゃんとか妹に、部屋を片付けることを伝えていたり、なんか、頭の中がオーガナイズされている感じが凄い!!!と見ています。

たしかに、自分も5年片付けていなかった棚を片付けたり、いろいろな業務を効率化するための仕組み作りしたり、と、

頭の中のゴチャゴチャがより整頓されているこのごろなのですが、自分以上に娘にその様子があると、

「うわーこれが脳機能回復の効果なのね!!」と改めて感動しています。

「もっとこうだったらいいのに」を、自分で作る

AIを否定している方もいらっしゃいますけれども、私は、本当に本当に助かっています。

やりたいことを、人に頼まなくても、どんどん形にしていけるからです。

世の中には、英語の教材がいろいろありますよね。

でも、使っていると「もっとこうだったらいいのに」が出てくる。

何か商品を買っても、ユーザーとして、もうちょっとこう、と思うことって、ありますよね。

それを、自分がいいと思う形に、自分で作り出せる。

子ども向けの英語教材も作っていますし、娘の算数のアプリもそうです。

娘が算数がどんどん得意になっていったように、私自身も、英語の時間がうまく取れるようになってきて、いい感じだなと思っています。

ほかにも、講座生の方たちに使ってもらっている、プロメタボリック的なことが毎日リマインドされる記録の手帳。

それから、体に筋力をつけていく、ボディメイクのアプリも試作中です。

そんな状態の、日曜日の朝でした。

あなたにも、ずっと「いつかやろう」と思ったまま、後回しになっていることはありますか。

それは、あなたにとって、「何のために」必要なことでしょうか。

そして、そこに手を伸ばせるだけの燃料は、今、脳に届いているでしょうか。

参考文献
Cepeda NJ, Pashler H, Vul E, Wixted JT, Rohrer D. Distributed practice in verbal recall tasks: A review and quantitative synthesis. Psychological Bulletin. 2006;132(3):354-380.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16719566/
Treadway MT, Buckholtz JW, Cowan RL, Woodward ND, Li R, Ansari MS, Baldwin RM, Schwartzman AN, Kessler RM, Zald DH. Dopaminergic mechanisms of individual differences in human effort-based decision-making. The Journal of Neuroscience. 2012;32(18):6170-6176.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22553023/


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「自分の真実は、自分にしかわからない」親に反対された道を、正解にしていく生き方

「自分の真実は自分にしかわからない」

これは、とても変則的な一日を過ごした日の話です。

夫の(お茶の)会社が受け入れていたインターン生が悩みがあるということで、その子と2時間くらいお話していました。

少し前から、その子が思い悩んでいるようだから、話を聞いてあげて欲しい、と夫から言われていたのでした。

話をしていて、異国での文化の違い、知り合いのいない状態での孤独感やコミュニケーションに苦労している点がわかってきました。
でも、話をしている中で、彼女が最も根底に抱えていることを伝えてくれました。

おじいちゃんがお父さん代わりだったとのことで、おじいちゃんから教えられてきたことに対して、今の自分は反してしまっている。

海外に来て、自分の道を進んでいることはおじいちゃんには言えないし、きっとがっかりさせることになる。

その想いが彼女を相当苦しめているんだ、ということ。

自分の「これだ!」と思うこと、

それと、「貴女はこうしなさい!」と言われてきたこと、

それが一致しないということは、ほとんど誰もが経験することだと思います。

私自身も、その経験はあります。

離婚し、再婚し、と、親が経験しなかった道を歩むことを決心した時、本当に猛反対されたし、怒られたし、本当に色々、色々ありました。

でも、周り中が反対したとしても、「自分はこう思う」という、自分の真実は「自分」にしかわかってあげられないって思うのです。

自分がその自分のなかの「これ」という想いを否定してしまったら、誰も、そのことには気がついてはくれないのです。

だから、自分が、その「これ」をしっかり掴んで、それが「本当のこと」になるまで掴み続けて進むしか無いのだって思っています。
自分のコレを選ぶのか、誰か(父や母やその子にとってのおじいちゃん)のコレを選ぶのか、

その選択はいつも自分にある。

そして、ちゃんと自分が選択することが大事だって思っています。

自分が選んだこと(それがどっちにしろ)を自分の責任で選択して、そして、選択したことに対して、それが自分にとって正しいことになるまで向き合い続ける。

そしたら、それが正しいことになっていく。

そんな話を彼女にしました。

自分の気持ちに「私がこれをしているのは○○からいわれたから」とか、「本当はやりたくないけど、まあこれをしている」とか、そんなふうに中心が定まっていないようだと、結局うまくは行かないし、うまく行かないときに、また、誰かのせいにしてしまうのです。

自分が選ぶ、そして、自分の責任でそれに向き合う。

そして、それがうまくいくまで向き合い続ける。

それができると、たとえ、親(や、誰か)の反対を押し切って進んだ道であっても、最終的には「あなたが選んだ道が正しかったね」と言ってもらえる未来につながるのだと思います。

離婚して再婚する時、私の母親は自分で仕事を起こしている夫のことをボロクソに言っていました。

「安定がない」、「そんなの幸せではない!」「恵子はしあわせにならない!」と。。。

相当喧嘩して「お母さんの幸せの基準が私の幸せの基準ではないんだよ!どうして私が幸せかどうかをお母さんが決めれるの?!」

とかなりピシャリと言い返して、母とは一時期絶交状態になって私達はすすみました。

今では、母は「恵子はなんていい人と結婚したの〜。彼は本物ね!」といいます(笑)

きっと、あの時、あんなに反対したのは覚えてもいないかもしれない(笑)

そう。

「自分の真実は、自分にしかわからない」

そして、

「未来を変えるのは自分でしかない」

私は強くそう思います。

そんなことも話しながら、彼女を励ましていたら、涙ながらに聞いてくれて、どんどん目の輝きが増して行って、本当に話し始めた時とエネルギー状態が全然変わっていきました。

中心が定まっていないと、自分自身のエネルギー状態(代謝)だって、うまく回らなくなってしまうんです。

頭の中で抑圧していることがあると、脳エネルギーのロスが起きてしまうのです。

大切なのは、「自分が選ぶ」ということ。

そして、「その選択が正解になるまで向き合い続ける」ということ。

そうやって自分の足で立ち、自分の人生に責任を持って向き合うこと。

こういう“自分の軸が揺れている状態”、放っておくとずっと同じパターンを繰り返してしまいます。。。

もし、あなたが今、“本当はこうしたい”という気持ちを押さえ込んでいるなら、かなり関係のある話です。

実は、実践講座の受講生さんたちとも、こうした人生の深いお話になることがよくあります。
体が整ってくると、自然と「本当はどう生きたいか?」という自分自身の真実と向き合うエネルギーが湧いてくるから不思議です。

あなたの選択が、未来を変えていきます。


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何かを「当たり前」にしたいなら環境に身を置く|脳は周りの「ふつう」に自分を合わせていく

関西へ、2泊3日で出かけたときの話です。

目的のひとつは、勉強会に出ること。

仕事がどんどん煩雑になっていくなかで、AIに任せられるところは任せる、ということをやっていて、その効率化のために、もう一段学びを深めたかったのです。

もうひとつは、京都でお茶の学校をやっていて、2週間以上出張していた夫を訪ねること。

留守のあいだは、父がわざわざ福岡から長崎まで来てくれて、孫たちと3日間を過ごしてくれることになりました。

料理はたっぷり作って、これこれはいついつ食べて!と、冷蔵庫に入れて。

あとは、みんなで協力して頑張ってくれていたようです。

その勉強会の会場で、あらためて感じたことがあります。

20代と30代の中に、、、、

会場は、20代、30代の方がメインでした。

皆さんそれぞれ、いろんなお仕事をされている方たち。

その中に、私と、私のお隣の方。

実は私は52歳で、お隣の方は72歳。

私達の列が会場の平均年齢を上げていたのは間違いないのですが、

でもこのお隣の方が、もう、めっちゃ元気な方で、

本当に幅広くいろいろされていて、いい年の取り方をされている方だな〜と、話もすっかり盛り上がりました。

長崎から関西まで出てきていたのは、私くらいでしたけれども。

「ふつうの会話」の中に、知らない常識がある

その場にいて、いちばん強く思ったのは、これです。

何かを上手になりたいとき。

自分の中で、それを「当たり前」にしていきたいとき。

一番の近道は、その環境に身を置くこと。

その場で交わされているのは、特別な講義ではなく、ふつうの会話です。

でも、その「ふつうレベル」の中に、私が聞いたこともないことが、当たり前のように混ざっている。

その場にいなければ、その常識に触れることすらありません。

だから、自分の中でまだ達成できていないことがあるとき、それを一人きりで何とかするのは、やっぱりすごく難しい。

本を読んでも、動画を見ても、そこに書かれているのは「誰かが選んで、まとめたもの」です。

その人たちにとってあまりにも当たり前で、わざわざ言葉にされないことは、その場にいないと入ってこない。

環境の力って、本当に偉大だと思っています。

脳は、周りとずれると「エラー」を出す

これを、脳の側から見た研究があります。

2009年に『Neuron』に出た、オランダのドンダース研究所のグループの研究です(Klucharev et al., 2009)。

参加者に、たくさんの顔写真を見せて、魅力を点数で答えてもらいます。

答えたあとに、「ほかの人たち(集団)は、この顔をこう評価しました」という点数を見せる。

そして、そのときの脳の働きを、MRIで調べました。

すると、自分の評価が集団の評価とずれたとき、脳の中の2か所——前帯状皮質の前のほう(rostral cingulate zone)と、腹側線条体(ventral striatum)——に、ある反応が出ました。

それは、学習の研究で「予測誤差」と呼ばれている信号に、よく似た反応でした。

予想と現実がずれたときに出る、「あれ?ずれているよ」という合図です。

そしてこの反応が大きかった人ほど、あとで同じ顔をもう一度評価したとき、集団の評価に近づく方向へ、自分の判断を修正していました。

研究者たちは、集団の「ふつう」は、学習の仕組みを通して、私たちの判断を合わせさせている、とまとめています。

それどういうことかというと、

周りの「ふつう」と自分がずれていると、脳はそれを、ちょっとしたエラーとして受け取る。

そして、そのエラーを小さくする方向へ、自分を少しずつ調整していく。

これは、誰かに合わせようと意識してやっていることではありません。

脳が、勝手にやっていることなのです。

脳は「当たり前」に、一番労力なく合わせていく

以前、娘の計算の話を書きました。

8たす5が、くり返すうちに13にしか見えなくなる。

脳はくり返したことをパターンにして、エネルギーの無駄遣いを減らしている、という話です。

この話も、その続きだと思っています。

脳は、ひとつひとつを特別なこととして、毎回がんばって処理するよりも、

自分の水準の「当たり前」のところに、一番労力の少ない形で合わせていこうとします。

そして、その「当たり前」の水準を決めている大きなものが、周りの「ふつう」です。

毎日ふれている会話。

毎日見ている人の動き方。

毎日聞いている、何気ない言葉。

それが、くり返しになって、パターンになって、いつの間にか自分の「ふつう」になっていく。

だとしたら、

ひとりで「当たり前を変えよう」とがんばるのは、毎回ゼロから8たす5を手順で解こうとするようなものかもしれません。

その「ふつう」の中にいれば、脳は、勝手にそちらへ合わせていってくれる。

「当たり前を変える」って、よく言われますけれども、

それって、本当にこういうことなんだよな〜と、あらためて実感する旅でした。

だから、ひとつだけ気をつけたいこと

この仕組みは、両方向に働きます。

いい環境に入れば、その「ふつう」に引き上げられる。

でも、たとえば、

「糖はこわいもの」が当たり前の場所。

「疲れているのが当たり前」の場所。

「がまんするのが当たり前」の場所。

そこにずっといると、脳はやっぱり、そちらに合わせていきます。

それは、あなたの意志が弱いからではありません。

脳が、一番労力の少ない道を選んでいるだけなのですね。

そしてもうひとつ。

新しい環境に入って、ずれを感じて、自分を調整し直す——これには、それなりのエネルギーが要ります。

以前書いたとおり、パターンを作り直すのにも、エネルギーが要るのです。

だから私は、いい環境に身を置くことと、脳にちゃんと燃料を届けることは、セットだと思っています。

助けが得られるときは、動く

もちろん、いつでも家を空けられるわけではありません。

あのときも、父が福岡から来てくれたから、行けました。

助けが得られそうなときは、こうして動く。

そして、自分がレベルアップした分は、家族に還元したり、関わってくださっている方たちに還元したりする。

そんな形で、循環させていけたらいいなと思っています。

あなたが今、「当たり前」にしたいことは、何でしょう。

そしてそれは、どんな人たちの中に入れば、ふつうに転がっていそうでしょうか。

参考文献
Klucharev V, Hytönen K, Rijpkema M, Smidts A, Fernández G. Reinforcement learning signal predicts social conformity. Neuron. 2009;61(1):140-151.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19146819/


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「糖をやめたら若返った」は本当?エビアンの湧き水が教えてくれた、体が変わるための「時間」

これは、旅もいよいよ最終章、ゆっくり観光できる最後の日の話です。
結構私は痛めていた足が痛くって、びっこを引きながらの観光でした。

ローザンヌからエビアンにフェリーで渡って、エビアンの町を楽しみました。
エビアンはあのエビアンの水で有名な「エビアン」。

19世紀から「療養水」として使われてきたその水は、
カルシウムとマグネシウムが多い硬水です。

アルプスの雪や雨が地中に染み込み、氷河由来の地層を通り、
約15年かけてろ過され、ミネラルを含んで湧き出るそう。

その場所が港から近くだと知って、行ってみることに。
飲んでみると、確かに、なんだか届く感じの水でした。

水って不思議なものですよね。

無色透明で、形もない。
でも、その一滴がどこから来て、どんな道のりを辿ってきたのかを知ると、
私たちの体の中で起きている「奇跡」のようなメカニズムとも、
どこか重なる部分があるように思えてなりません。

ここでは、エビアンの湧き水から教わった、
「本当の癒し」と「体が変わるための時間」について。

15年かけて湧き出る「癒しの水」

エビアンの水が湧き出るまでには、
アルプスに降った雨や雪が、なんと15年もの歳月をかけて、
氷河の地層をじっくりと、じっくりと通り抜けてくるのだそうです。

15年ですよ、15年。

ただの「雨水」が、何層ものフィルターを通り、
アルプスの大地のミネラルをたっぷり抱え込んで、
ようやく「癒しの水」として地上に現れる。

このストーリーを聞いたとき、私は自分の「痛めた足」と、
今あなたと一緒に取り組んでいる「代謝改善」を
思い出さずにはいられませんでした。

私たちは、何か不調があったり、体が重かったりすると、
つい「すぐに」結果を求めたくなります。

あのサプリを飲めば。
この食事に変えれば。
明日には、魔法のように全部良くなるんじゃないか。

でも、本当の意味での「細胞の入れ替わり」や「体内環境の再構築」には、
やっぱり、それ相応の時間が必要なのです。

私たちがこれまで、意図せずとも長年取り込んできた、
古い油(PUFA)や、ストレスによる炎症のゴミ。

それらを一つ一つ手放して、
本来のエネルギー(糖代謝)がスムーズに回るようになる道筋は、
まさに、雨水がアルプスを通り抜けていく道のりのようです。

カルシウムとマグネシウムの絶妙なバランス

エビアンの硬水が「療養」として愛される理由の一つに、
「カルシウムとマグネシウム」の絶妙なバランスがあります。

Ray Peat博士の理論でも、
カルシウムはただ摂ればいいというものではなく、
細胞のエネルギー(ATP)を守る「マグネシウム」という存在があって初めて、
私たちの体(細胞内の水構造)を正しく保つことができると言われています。

「なんだか細胞まで届く気がする」

そう感じたのは、きっとその水が、
私たちの細胞が「心地よい」と感じる、
自然で力強い「構造(ストラクチャー)」を持っていたからかもしれません。

「糖を辞めたら若返った」の落とし穴

ところで、ある時インスタのリールに、こんなコメントをいただきました。

「糖を辞めたら、肌も綺麗になって若返った!
だからやっぱり、糖は人類にとって悪いものなんじゃないですか?」

といった内容です。

確かに、甘いもの(特に酸化した油や添加物がたっぷり入った、質の悪い市販のスイーツなど)をバッサリ辞めると、
一時的に体が軽くなったり、肌にハリが出たように感じたりして、
「若返った!」と嬉しくなる時期があるのは事実です。

でも、ここには大きな「代謝の落とし穴」が隠されています。

まず、甘いものと一緒に摂っていた「悪い油」や添加物を辞めることで、
一時的に「体の中のゴミ」による炎症が引くため、
不調が消えたように見えることがあります。

いわば、工事現場から一旦ゴミを撤去したような状態です。

そしてもう一つ、多くの方が悩まれている「カンジダ菌」の問題。
これも、「糖を抜けばカンジダが死んで解消する」と思われがちですが、
実はここに大きな落とし穴があります。

カンジダ菌は、餌である「糖」が供給されなくなると、
大人しく死んでくれるわけではありません。

むしろ、生き残るために「菌糸形」という、
深く根を張るような、より攻撃的な形態へと変身するのです。

糖がないなら、あなたの腸の粘膜を突き破って、
血液中から直接エネルギーを奪い取ろうとする。

これが腸を傷つけ、さらなる炎症や未消化物の流入を招き、
体力をじわじわと削っていく原因になります。

つまり、糖を抜くことは、カンジダを「殺す」のではなく、
「飢えさせてより凶暴にさせている」だけかもしれないのです。

ですが、そこからがさらに本質的な問題。
エネルギー源である「糖」を絶たれた時、私たちの体は
「緊急事態!」と判断して、アドレナリンやコルチゾールといった
ストレスホルモン(戦闘ホルモン)をドバドバと出し始めます。

これらのホルモンには、
「無理やり細胞を奮い立たせ、高揚させる」という働きがあります。

この時のシャキッとした感覚や、張り詰めた感じを、
多くの人が「本来の元気」や「若返り」だと勘違いしてしまう。

でもそれは、いわば「明日の分のエネルギーを前借りしている」
借金まみれの状態なのです。

アルプスの山を削り取って、無理やり水を絞り出しているようなもの。
やがて山は枯れ、体は冷え、細胞の構造を保つ力そのものが
損なわれていってしまいます。

焦らず、でも着実に

本当の意味での「若さ」とは、
カンジダに怯えて食事を制限することや、
ストレスホルモンで無理をさせることではありません。

細胞一つ一つに十分なエネルギー(ATP)が満ち溢れ、
免疫が正しく機能して、菌と調和していられる環境があること。

エビアンの湧き水が15年の歳月をかけて「構造」を作っていくように、
「良い糖」でエネルギーを回し、少しずつ体内環境を整えていく。

その先に待っているのが、
何年経っても枯れることのない、本物の潤いと健やかさなのです。

もし、今あなたが、
「なかなか体が変わらないな」
「結果が出るまで、あとどれくらいかかるんだろう?」
と不安になっているとしたら、
ぜひ、エビアンの15年という歳月を思い出してみてください。

地道に「良い糖」を摂り、ミネラルをバランスよく取り入れ、
体内環境をじっくりと『本来の健やかさへと研ぎ澄まして』いく。

そのプロセスこそが、
数年後のあなたを支える、混じり気のない「湧き水」を作っていることなのだと思います。

焦らず、でも着実に。
あなたの体という「大自然」の力を、信じてあげてくださいね。


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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ローザンヌで起きた「水漏れ」事件。ハプニングを楽しめるかどうかは、代謝の底力で決まる

これは、電車を乗り継いで3時間の旅で、ローザンヌへ行った時の話です。

その時の夫の仕事(お茶)にお声がけくださった方が、ご主人と一緒に駅までお迎えに来てくださって、車がないとなかなか行きにくい場所を色々と案内してくださいました。

オードリー・ヘップバーンが晩年を過ごした村や家、そして教会。
広大な葡萄畑の中にそびえ立つヴュフラン城……。自分たちだけでは到底行き着けないような美しい景色を目の当たりにして、本当に感激の連続でした。

ただ、実は私……。
前日のアイガーグレイシャーからのソリで、どうやら膝を本格的に痛めてしまったようで(泣)。
まっすぐの角度で歩いている時はなんとか大丈夫なのですが、ちょっと変な方向にひねると「ズキン!」と疼くのです。

そんな不自由な体でしたが、そのご夫婦が私の歩調に合わせ、温かく案内してくださったことが、心からありがたかったです。

そして、夕方にローザンヌの街中の宿に到着したのですが……。
ここからが「旅の醍醐味(!?)」の始まりでした。

宿主から事前に連絡が来ていた入口の番号を押しても、ドアが全く開かないのです……。
慌てて連絡を取ってみたら、なんと全く違う番号を伝えられていたことが判明(汗)。なんとか無事に入ることはできましたが、最初からドキドキのスタートでした。

でも、入ってみればとっても綺麗な宿で、立派なキッチンも付いていました。
「ここなら3晩、快適に過ごせそうだな〜」と一安心。差し入れていただいた夕飯をホッとしていただき、家族で「じゃあ、オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』でも見ようか」と、映画を楽しみ始めました。

……が、私はあまりの疲れと心地よさに、途中でうたた寝。
その間に夫と子供たちはシャワーを浴びていたようなのですが、突然、
「ドンドンドン!!!」
という激しいノックの音で目が覚めたのです。

「誰かがドアを叩いている……!」
怖くなって、シャワー室の夫に声をかけると、夫が急いで出てくれました。

恐る恐る「ハロー?」とドア越しに返事をしたところ、女性の声で、
「下の階のものだけど、上から雨漏りしてきているの! 20分くらい前からずっと。そちらの様子はどう?」
とのこと!

20分前……。
まさに、夫と子供がシャワーを使い始めたタイミングでした。

ドアを開けると、そこには女性が二人。
でも、彼女たちはとてもフレンドリーで、「私たちは今日からここに泊まり始めたばかりで、確かに20分前からシャワーを使い始めました。すぐにオーナーに連絡しますね」と伝えると、
「あら、日本からの旅行者なの? これはあなたたちのせいではないと思うわ。でも一応、連絡だけでもしておいてくれるかしら」
と、非常に丁寧に連絡先を教えてくださいました。

1. ハプニングを「楽しめる」かどうかは代謝次第

あの旅を通じて、改めて感じたことがあります。
それは、「旅(人生)にはアクシデントが付きものだ」ということ。

膝の痛み、ドアが開かないトラブル、そして深夜の雨漏り……。
これらが重なった時、私たちの体の中で何が起きているでしょうか?

エネルギー(代謝)が枯渇している状態だと、こうしたハプニングはすべて「脅威」として認識されます。
アドレナリンが噴出し、イライラしたり、不安で眠れなくなったり、せっかくの旅行が「最悪の思い出」に変わってしまうこともあります。

でも、細胞に十分なエネルギー(ATP)があり、甲状腺機能がしっかり働いていると、同じ出来事も「面白いエピソード」や「旅の彩り」として捉えることができるのです。

階下の住人の方々との交流も、エネルギーに余裕があったからこそ、落ち着いてフレンドリーに対応でき、結果として「スイスの人の温かさ」を感じる機会になりました。

2. 身体の「修復力」とエネルギーの貯金

また、この時痛めてしまった私の膝もそうです。
アイガーでの「極限の冒険」は楽しかったですが、体にとっては大きな物理的ストレスでした。

この痛みをただの「不運」で終わらせるか、それとも素早く修復して次の目的地を楽しむエネルギーに変えられるか。
ここでも、日頃からの「代謝の底力」が試されます。

修復には、タンパク質だけでなく、それを組み立てるための膨大な「糖エネルギー」と「ミネラル」、そして「酸素」が必要です。
ハプニングが起きても、それに動じない「気力」と、体を立て直す「体力」。
その源は、私たちが毎日何を食べて、どうエネルギーを回しているかに直結しているのだと痛感しました。

3. 楽しむための「気力」を養う

「旅は体力勝負」とよく言われますが、それは単に筋肉があるかどうかではありません。
予期せぬ事態が起きた時に、どれだけ早く「安心(副交感神経)」の状態に戻り、その状況を面白がれる心の余裕を持てるか。

その「気力」の正体こそが、脳と全身を駆け巡る「代謝エネルギー」なのです。

せっかくの人生、ハプニングも含めて丸ごと楽しみたいですよね。
そのためにも、日々の食事でしっかりと細胞の火を燃やし、アクシデントを「最高のネタ」に変えていける心と体を作って行きたいなとまた改めて思ったのでした。

ローザンヌでの残りの滞在も、膝をいたわりつつ(笑)、楽しもうと思ったのでした。


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