一番下の娘が、8歳になった日のことです。
誕生日のリクエストは、「放課後に、ママと2人でデートしたい」。学校が終わってから、2人でアイスを食べに行きました。
夜は家族でごはん。流したのは、わたしがすっごく頑張って作った、この子の成長記録の動画です。生まれてからの記録を詰め込んだら、11時間半の超大作になりました。
中1の姉が作ってくれたケーキを食べて、夫が用意してくれていたプレゼントを渡して。
子どもは誕生日をものすごく楽しみにしているので、その期待に応えるのは毎年なかなか大変です。それでも、応えるべく頑張った一日でした。
その夜遅く、「もう寝るよ」と声をかけると、誕生日だった娘がテーブルで何かを一生懸命書いていました。
翌朝、テーブルの上に、お手紙が置いてありました。
パパ、ママ、お姉ちゃんたち一人ひとりの名前。
本当にありがとう。みんな大好きだよ。誕生日会、うれしかったよ。
誰かに「お礼を書きなさい」と言われたわけではありません。
うれしい気持ちの中で、それを感謝として、手紙で返そうとした。
できることが増えるのとは別に、わたしは「心が育っているかどうか」を、すごく気にしています。だからこそ、ああ、心が育ってきたんだな〜と、とても素敵な気持ちになった朝でした。
この記事では、この「心が育つ」ということを、少しだけ脳の側から見てみます。
8歳の脳は、大人よりずっと多くの糖を使っている
子どもの脳が、どれくらい燃料を使っているのか。
1987年、UCLAのChugani博士らは、PET検査(ブドウ糖に目印をつけて、脳のどこでどれだけ使われているかを写す検査)で、生後5日から15歳までの子ども29人の脳を調べました(Annals of Neurology)。
分かったのは、こういう時間の流れです。
生まれたときの脳のブドウ糖の使い方は、灰白質で100gあたり毎分13〜25マイクロモルと、低い。
それが2歳で、大人と同じ19〜33に追いつきます。
そこで止まらずに上がり続け、3〜4歳で、多くの領域が49〜65に達する。大人のおよそ2倍です。
そしてこの高さが、だいたい9歳ごろまで続きます。
大人の値に戻ってくるのは、10代の後半になってからです。
つまり8歳だった娘の脳は、まだこの高原の上にいた。わたしの脳のおよそ2倍のペースで、糖を使いながら毎日を過ごしていた、ということになります。
体の成長を後回しにしてまで、脳に回している
2014年には、Kuzawa博士らがこのPETのデータとMRIのデータを組み合わせて、脳のブドウ糖の需要を、体全体のエネルギーと比べました(PNAS)。
脳の需要がいちばん大きいのは、脳の割合が最大の「生まれたとき」ではありませんでした。
ピークは、子ども時代。
安静時に体が使うエネルギーに対して、脳のブドウ糖の取り込みは、男の子で66.3%、女の子で65.0%にあたる量でした。
そして、脳の需要がいちばん高い時期と、体重の増え方がいちばんゆっくりな時期が、重なっていた。
脳の代謝が落ち着いてくるにつれて、思春期までのあいだ、今度は体の成長が速くなっていく。
著者たちは、人間の子ども時代の成長がこれほどゆっくりなのは、発達中の脳にかかる燃料の高さを、体の成長を緩めることで埋め合わせているからだ、という考えを支持する結果だとまとめています。
体は、脳に燃料を譲っているのですね。
では、そんなに何に使っているのか
Chugani博士らは、この高い代謝の時期が、発達中の脳で神経細胞やシナプス(神経のつなぎ目)、樹状突起のとげをいったん多めに作り、そのあと余分なものを刈り込んでいく過程の時期と、ぴったり重なっていると指摘しています。
作って、試して、残すものを選ぶ。
子どもの脳は、その工事の真っ最中です。
うれしいを感じる。それが誰のおかげかに気づく。相手の顔を思い浮かべる。言葉を選ぶ。明日の朝に読んでもらうことを考えて、今夜のうちに書いておく。
8歳の子にとって、これはまだ出来上がっていない回路を、何本も同時に使う仕事です。
感謝は、余力のある脳から出てくる
ここからは、わたしの読みです。
以前『マイルドな我慢は、脳の家計簿にどう載るのか』で、脳は予算が足りないとき、結果がすぐに出ないものから削っていく、と書きました。
修復。維持。成長。そして、好奇心や遊び心、「やってみようかな」と思う心の余白。
「してもらったことに気づいて、相手に返す」も、この列に並ぶものだと思うのです。
今日を生き延びるためには、必須ではない。
だから、燃料が足りない脳では、真っ先に後回しにされる。
Dr. Stephensの枠組みでいえば、脳に届く燃料が少ないと、脳はまわりを「危ない」と読み続けます。危ないと読んでいるあいだ、脳の関心は自分を守ることに向いている。
相手のほうを向けるのは、「自分は大丈夫」と感じられているときです。
誕生日の一日は、この子にとって、自分が大切にされていることを浴びる一日だったはずです。
ママを独り占めしたアイスの時間。自分だけの動画。お姉ちゃんのケーキ。
満たされて、安心して、そのうえで、あふれた分を「ありがとう」にして返してきた。
わたしには、あのお手紙が、そういうふうに見えました。
大人の「ありがとう」も、同じ燃料で動いている
大人に置き換えると、思い当たることがあります。
疲れ切っている日は、家族が何かしてくれても、気づかない。気づいても、口に出す前に次の用事に追われている。
そういう自分を見て、「わたしって、感謝の足りない人間なのかしら」と思ってしまう。
でもそれは、性格の欠陥というより、その日の脳の予算の状態かもしれません。
脳は、心の仕事と体の仕事を区別しません。気づく、思いやる、言葉にする、も、ちゃんと燃料を使う仕事です。
子どもの脳が、体の成長を後回しにしてまで燃料を集めて心を育てているように、大人の心の余裕にも、燃料が要る。
「ありがとう」が自然に出てくる日が増えてきたら、それは脳に余力が戻ってきている、ひとつのしるしなのだと思います。
この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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