ある秋の連休の朝、義理の母に電話をしました。
義父が亡くなって、しばらく経ったころです。
ご主人に先立たれた周りのお友達が、いろいろと誘ってくれているようで、これまで映画に行ったり、自分の予定で動いたりすることが一切なかった母が、お友達と映画に行ったり、週に3回プールに通ったりしているとのことでした。
「毎日やることがたくさんあって忙しいの。こんなに幸せでいいのかしらね」
電話の向こうのこの言葉が、とても印象的でした。
これまで色々とやり遂げてきた人だからこそ、その先の自由を手に入れて、清々しく楽しんでいるのだな〜と、声を聞いていて感じました。
5時前のラジオ体操と、拭き掃除
母は、朝5時前には起きて、ラジオ体操をします。
それから、拭き掃除。
1日の日課を、淡々とこなしているそうです。
お父さんが亡くなって、だらけるわけでもなく。
毎日の日課を、ちゃんと続けている。
健全な精神と、健全な行動があって、周りからも愛されて、やるべきことを着々とやっている。
その姿が、本当に素晴らしいなと思いました。
「仕方がない」と思われている場所
連れ合いを亡くしたら、気落ちして、元気がなくなるのは仕方がない。
心の元気は心の問題で、体の元気は体の問題。
そう思いがちですよね。
でも、母の声を聞いていて、ああ、やっぱり全部つながっているんだよな〜と、改めて実感した朝でした。
心の健康と、体の健康。
そのどちらもが、毎日の行動の上に乗っている。
これは、気の持ちようの話だけではないと、わたしは思っています。
体内時計の針を合わせているのは、光だけではない
1988年に、アメリカの精神医学の研究者たち(Ehlers、Frank、Kupfer)が、「Social zeitgebers and biological rhythms(社会的な時計合わせと、体のリズム)」という論文を出しています(Archives of General Psychiatry)。
zeitgeber(ツァイトゲーバー)というのはドイツ語で、「時を与えるもの」。
ふつうは、朝の光のように、体内時計の針を合わせてくれるもののことを指します。
この論文が言っているのは、体内時計の針を合わせているのは光だけではない、ということでした。
人。
日々の用事や、求められること。
毎日の役割。
こうしたものも、体の時計を合わせる「時を与えるもの」として働いている。
そして、それを失うことで社会的なリズムが崩れると、体のリズムまで不安定になり、それがうつの引き金になりうる、という仮説です。
大切な人を亡くすというのは、その人を失うことだけではないのですね。
毎日同じ時間にごはんを作る。
同じ時間に声をかける。
相手の予定に合わせて、1日が回っていく。
そういう、自分の時計の針を毎日合わせてくれていたものを、まとめて失うことでもある。
母は、時計を自分で置き直していた
そう思って母の毎日を見直すと、
5時前のラジオ体操。
拭き掃除。
週に3回のプール。
誘ってくれるお友達。
全部が、「時を与えるもの」なのですね。
義父との暮らしの中で合わせていた時計を、母は、自分の日課とお友達とで、ひとつひとつ置き直していたのだな、と思いました。
本人は、たぶんそんなことは考えていなくて。
ただ、淡々と、毎日やるべきことをやっているだけ。
でも、その「淡々と」が、いちばん強いのかもしれません。
予測できる毎日は、脳の燃費がいい
同じ嫌な出来事でも「予測できない」「自分ではどうにもできない」が重なると、ストレスの反応が大きく、長引きます。
日課があるというのは、その逆側にいるということです。
朝、何時に起きるか。
起きたら、まず何をするか。
考えなくても、体が知っている。
毎日を「だいたい予測できるもの」として回せると、脳は、そこにエネルギーを使わずに済みます。
浮いた分を、お友達と笑うことや、映画を楽しむことや、「こんなに幸せでいいのかしら」と感じることに回せる。
大きな喪失のあとで、いちばん燃料が足りなくなりやすい時期に、母は、燃料の無駄づかいが少ない毎日を、自分で組んでいたのだと思います。
行動が先か、体が先か
わたしはいつも、脳が主で、体は従う側、というお話をしています。
脳にエネルギーが届いていなければ、どんなに心がけても、行動はついてこない。
それは今も変わりません。
でも、母の話を聞いていて思ったのは、これは一方通行ではないのだな、ということでした。
エネルギーがあるから、朝5時前に起きて体を動かせる。
体を動かして、リズムがあるから、毎日のエネルギーの使い方が安定する。
安定するから、また次の朝も起きられる。
ぐるぐると、行ったり来たり。
健全な行動の上に、健全な肉体がある。
そして、その体の上に、「こんなに幸せでいいのかしらね」と言える心がある。
滝と、おにぎり
その電話のあとは、家族で1時間半ほど歩いて、近くの滝まで行きました。
着いたら、みんなでおにぎり。
子どもたちが握ってくれたおにぎりでした。
こんなに近くで、自然に囲まれて、本当に気持ちがいいね〜と、みんなで大笑いしながら過ごした一日でした。
あなたの毎日の中で、考えなくても体が動いてくれる「日課」は、何ですか?
この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
脳と代謝のお話を、メールでお届けしています。
▶ ニュースレターの無料登録はこちら
https://rondo-form.mentalbeauty.workers.dev/

