計算が速くなるのは頭の良さではない|脳はくり返しを「パターン」にしてエネルギーを節約している

小2の娘が、繰り上がりのある足し算で、ずっともたついていた時期がありました。

8たす5。5たす8。

答えは出るのです。でも、頭の中でゆっくりゆっくり考えてから、やっと出てくる。

そこで、計算の練習アプリを作りました。

計算カードでもよかったのですが、スマホなら、いつでもパッと渡して「はい、ちょっと練習どうぞ〜」ができるので。

何秒かかったかが出て、間違えたら「ブブー」、合っていたら「ピンポン」。

それだけのアプリです。

娘はせっせっせっせと、ちょこちょこ練習するようになりました。

最初は40問に5分かかっていたのが、3分台になり、やがて1分台に。

この「必ず速くなる」ことの裏で、脳が何をしているのかの話です。

そしてそれは、計算だけの話ではありません。

手順で解く脳、取り出して答える脳

最初の娘の頭の中は、たぶん、こうです。

「8に2を足したら10。5から2を取ったら、あと3。だから….13」

ひとつひとつ手順を踏んで、やっと13にたどり着く。

それを何度も何度もくり返していくうちに、「8たす5」は、もう13以外に見えなくなります。

考えるより先に、答えのほうが出てくる。

毎日同じ道を車で通っていると、ほとんど何も考えずに職場まで着いてしまうのと、同じことですね。

この変化を、脳の画像で追いかけた研究があります。

2014年に『Nature Neuroscience』に出た、スタンフォード大学のグループの研究です(Qin et al., 2014)。

7〜9歳の子どもたちを、時間をあけて何度もMRIで調べ、算数を解いているときの脳の働きを追いかけました。

子どもたちの解き方は、成長とともに、「数えて解く」やり方から、「記憶から答えを取り出す」やり方へと移っていきます。

その移り変わりにあわせて、記憶に関わる海馬の働きが増え、手順を一つずつ組み立てるときに使う前頭葉・頭頂葉の働きは減っていった。

研究者たちは、この海馬の働きが、子どもの認知の発達の大きな節目——手順で解く段階から、記憶で解く段階への移行——の要になっている、とまとめています。

それどういうことかというと、

娘の「8たす5」が13にしか見えなくなったとき、娘の脳の中では、使う場所そのものが入れ替わっているのです。

毎回ゼロから組み立てていた作業が、「取り出すだけ」の作業に置き換わった。

なぜ脳は、パターンにしたがるのか

ここで、私がいちばん大事だと思っていることがあります。

脳が、くり返したことをどんどんパターンにしていくのは、エネルギーの無駄遣いを減らすための作戦だ、ということです。

脳は、体重の数パーセントしかない臓器なのに、体全体のエネルギーのかなりの部分を使っています。

そんな大食いの臓器が、同じ問題を毎回ゼロから手順を踏んで解いていたら、とても燃費が悪い。

一度パターンにしてしまえば、同じ答えを、ずっと少ない手間で出せる。

だから脳は、パターンにできることは、なんでもパターンにしていきます。

勉強はある意味、「いかにくり返させるか」の勝負です。

頭がいい、悪いの問題ではない。

くり返せば、必ずそうなる。

それが脳の仕組みなので、娘にもそのまま話しています。

「頭がいいとか悪いとかじゃないよ」

「やっていたら、必ずそうなるよ」

「それが、脳の仕組みなんだよ」

いつの間にか、「何たす何は?」と聞かれたら、スッと答えが出るようになって。

瞬時に答えられることが、本人もやっぱり面白かったらしく、とても楽しそうでした。

できるようになることは、それ自体が楽しい。

これも、見ていて面白いところでした。

ただし、パターンを作るのにもエネルギーが要る

ひとつだけ、見落とされやすいことがあります。

パターンを作る作業そのものにも、エネルギーは要る、ということです。

パターンができあがってしまえば、その後はずっと省エネで回る。

でも、そこにたどり着くまでの「くり返し」の期間は、脳にとって、むしろエネルギーを使う時期です。

だから、脳に栄養が足りていない状態でいくら練習しても、パターンになるのが遅い。

同じだけ練習しているのに、覚えられる子と、なかなか覚えられない子がいる。

それを「頭の良し悪し」で片づけてしまう前に、その子の脳に、パターンを作る余力があるかどうかを見てあげたいのです。

しっかり栄養をとらせた上で、くり返させてあげる。

順番は、こちらです。

大人も同じです。

私自身、英語で行われている脳機能の講義を、自分の理解に落とし込むために、自分用の教材を作っています。

入り組んだ内容を、くり返し聞いて、くり返し訳して、やっと自分の言葉で説明できるようになる。

大人になっても、くり返しでしか身につかないのは、変わりません。

パターンにしてほしくないものまで、脳はパターンにする

脳は、パターンにできることは、なんでもパターンにしてしまいます。

計算のように、パターンにしてほしいものだけではなく。

パターンにしてほしくないものも。

たとえば、

あの人がこう言ったら、それはきっと、こういう意味。

チラッと見られたら、「どうせ私のこと、変なやつだと思ってるんでしょ」。

こういう嫌な気持ちは、「その場で考えて出した結論」のように感じますよね。

でも実際には、脳の「予測」の結果として、先に生まれてきています。

8たす5が、考えなくても13に見えるのと同じように、

チラッと見られただけで、考えるより先に「きっと嫌われている」が出てきてしまう。

脳にとっては、どちらも同じ「省エネの自動処理」なのです。

それって、生きていく上で、とても生きづらいですよね。

なんというか、愛のない世界です。

本当は、そうではないことが、真実かもしれない。

相手はただ、ぼんやりこちらを見ていただけかもしれない。

でも、自分の脳がそうパターン化してしまっていたら、もうそれが真実だとしか思えないのです。

セッションのあとで、また同じ考えに戻る理由

だから、書き換えが必要になります。

カウンセリングやセッションで「こう捉え直してみましょう」と話して、その場ではとてもいい気持ちになった。

新しい見方が、ちゃんと腑に落ちた気がした。

でも、日常に戻って数日すると、やっぱりまた同じ考え方に落ちていく….。

そういう経験をされた方は、多いと思います。

どうして、パターンが外れないのか。

私は、書き換えるためのエネルギーが、脳に足りていないことが多いのだと見ています。

パターンを作るのには、エネルギーが要る。

できあがったパターンを外して、新しく作り直すのにも、同じようにエネルギーが要ります。

しかも、古いパターンは、省エネで勝手に回ってくれる。

エネルギーが足りない脳にとっては、慣れた古い道のほうが、ずっと楽なのです。

これは、意志の弱さではありません。

燃料の足りない脳が、いちばん燃費のいい道を選んでいるだけなのですね。

エネルギーが届くと、脳は自分から軌道修正する

逆に言えば、

脳にしっかりエネルギーが届いていると、脳は、新しい受け取り方——捉え直した言葉や出来事、本来の自分に合っていること——のほうへ、自分から軌道修正していこうとします。

新しいパターンを作る余力があるからです。

体の不調であっても。

心のクセであっても。

根っこにあるのは、やっぱり脳のエネルギーなのだな〜と、娘の計算を横で見ながら、改めて思いました。

あなたの脳が、いつの間にかパターンにしてしまっている「きっとこういう意味」は、何でしょう。

それは、本当に真実でしょうか。

それとも、燃費のいい、慣れた道なだけでしょうか。

参考文献
Qin S, Cho S, Chen T, Rosenberg-Lee M, Geary DC, Menon V. Hippocampal-neocortical functional reorganization underlies children’s cognitive development. Nature Neuroscience. 2014;17(9):1263-1269.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25129076/


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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