これは、スイスの旅も中盤に入った頃の話です。
その旅で私が「何が何でも子供たちにさせてあげたい!」と心に決めていた、特別な体験についてお話しさせてください。
それは、アルプスでの「ソリ体験」です。
その旅からさかのぼること29年。
私が21歳の時にスイスで農業研修をしていたのですが、その時に体験したソリの記憶があまりにも鮮烈で……。「いつか自分の子供たちにも、あの銀世界を滑り降りる体験をさせてあげたい」という願いが、そのスイス行きが決まった時に一番に頭に浮かんだことでした。
夫のその時のスイスでの仕事はローザンヌ近郊だったのですが、研修先の農家を訪ねたベルンから少し離れた、グリンデルバルドというアルプスの麓の町に宿を取り、準備万全で臨みました。
ところが、旅は予定通りにはいかないものですね(笑)。
新しく積もったまっさらな雪に恵まれたのは本当にラッキーだった反面、、、
下調べを重ねて「ここに行こう!」と決めていたバスアルプという場所は、雪が凄すぎてなんと閉鎖……!
ソリ体験は怖くもあったので、本当に沢山下調べしていたのに(涙)
「ええ〜っ、そんなことあるの?!」と驚きながら、ソリを借りに入ったお店の店員さんに相談すると、
「今日はそこは無理だよ。代わりにゴンドラで標高2333mのアイガーグレイシャーに上がって、そこから滑り降りたら?」と勧められました。
でも……。
そこは難易度が高いと聞いていたし、午後の曇り空。
私は内心、かなり怖くなっていました。
「本当に大丈夫? 危なくない?」
そう聞く私に、店員さんは「足でブレーキしながら進めば大丈夫じゃないかな!」と、いかにもスイス人らしい(?)軽やかなお返事(笑)。
「悩んでいたら、ソリができる時間が終わってしまう!」
最後はバタバタと決断し、アイガーよりはほんの少し低いマンリッヒェン(それでも標高2230m!)にゴンドラで上がり、そこから1550mの駅まで約1時間をかけて滑り降りてきました。
1. 「足でブレーキ」という最強の安心感
一面の真っ白な世界。
ルートを示すポールを頼りに滑るのですが、あまりの雪でそのポールさえ埋もれて見えないこともありました。
色でルートが分けられているので、途中見間違うと、違うルートに入ってしまったりして、それはかなり急な道を行くことにも。
「この道で合ってるのかな……?」
「この先、崖になってないかな?」
視界が遮られると、私たちの脳は瞬時に「不安(アドレナリン)」のスイッチを入れます。
軍足(?)で雪を踏みしめるような、そんな原始的な感覚。
でも、そんな時に私を支えてくれたのは、あの店員さんの「足でブレーキすれば大丈夫だから!」という言葉でした。
これ、実は代謝の視点で見てもすごく深いんです。
私たちは複雑な問題に直面したとき、つい「もっと高度な技術が必要だ」「もっと準備しなきゃ」と思い込みがちです。
でも、本当に自分を守ってくれるのは、地面をしっかり踏みしめる「自分の足」という、最も原始的で基本的な身体の機能なんですよね。
「いざとなったら止まればいい」
その確かな手応え(足応え?)があるからこそ、私たちは未知の白い世界へ滑り出す勇気を持てるのです。
(まあ、私の場合は、いざとなったら転ぶ、を繰り返していましたが。笑)
2. 不安(アドレナリン)を止め、行動(グルコース消費)によって喜び(ドーパミン)への変換を増やす
ルートの目印が見えず、不安に襲われながら滑り降りる1時間は、正直かなり疲れました。
ややもするとスピードが出すぎてカーブを曲がりきれなくなるし。
一緒に乗せている娘がずり落ちないように、必死で抱きかかえているし。
でも、ふと遠くに駅が見えた瞬間……。
「やり遂げた〜〜〜!!!」
という、体の奥から溢れ出すような安堵とエネルギーを感じました。
これは単なる「終わった」という安心感ではなく、自分の力で不確かな道を突破した時にだけ得られる「自己信頼」のエネルギー。
実は、生化学的に見ても、この「不安と感動」は紙一重のところにあります。
ストレスの時に出る「アドレナリン」と、喜びを感じる「ドーパミン」。
この2つは、もともと同じ「チロシン」というアミノ酸から作られる、いわば兄弟のような物質です。
私たちの体が「不安」という回路にエネルギーを奪われているとき、チロシンはどんどんアドレナリンへと使われてしまいます。これが続くと脳は疲弊し、視野は狭くなり、代謝は停滞してしまいます。
でも、勇気を出して一歩踏み出し、「できた!」という達成感を味わうと、体はエネルギーの使い道を「生存のための闘い(アドレナリン)」から「喜びと報酬(ドーパミン)」へと一瞬で切り替えるのです。
不安(アドレナリン)を止め、行動(グルコース消費)によって喜び(ドーパミン)への変換を増やす。
これこそが、生きている実感を最も高めてくれる代謝のサイクルです。
3. 子供たちの「キラキラ」は代謝が高い証拠
滑り終わった後、3人の子供たちは顔を輝かせながら、声を揃えて言いました。
「たのしかったあ!!! 明日もやりたいっ!!!」
私が「怖かった……疲れた……でもやり遂げれた〜〜」と安堵している横で、子供たちはもう次の「やりたい!」に向かってエネルギーを全開にしていました。
この「切り替えの速さ」と「純粋な意欲」こそが、エネルギーがスムーズに回っている子供たちの素晴らしさです。
彼らの瞳の輝きを見たとき、心から思いました。
「決断して、やってみて、本当によかったな」と。
人生も、時に霧がかかった雪山のようかもしれません。
下調べ通りにいかないことばかりだし、目印のポールが見えなくなることもあります。
でも、そんな時は、思い出してほしいと思います。
「足のブレーキ」という自分自身の基本的な原始的な身体の力を信じること。
大いなる冒険の先には、想像していなかった達成感を感じている、新しい景色を見る自分が待っているということを。
この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
脳と代謝のお話を、メールでお届けしています。
▶ ニュースレターの無料登録はこちら
https://rondo-form.mentalbeauty.workers.dev/

