「寝てて良いよ」を信じた夫|向き合う力も共感も、脳の燃料から出ている

以前、Threadsで、ある夫婦の相談がずっと流れてきていたことがありました。

表示が77万回!!

コメント欄は、ほとんど女性。そして、ほとんどがご主人への厳しい言葉でした。

読んでいて、私は奥さんの気持ちが手に取るように分かりました。

たぶん、コメントした女性たちも、分かりすぎて、言わずにはいられなかったのだと思います。

この相談を、脳のエネルギーの側から少し考えてみたいのです。

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77万回読まれた、ある夜のこと

相談を書いたのは、ご主人のほうです。

30代前半のご夫婦で、子どもは2人。フルタイムの共働き。

ある日、奥さんから「子どもたちが寝たら、一緒に話したいことがある」と言われます。

七五三のこと。

ランドセルのこと。

習い事のこと、旅行のこと。

寝かしつけは、子どもたちがママがいいと言うので、毎日奥さん。

その夜、ご主人も一緒に寝室に行くと、「あなたが先に寝ちゃうから、リビングで待ってて」と言われます。

でも、ご主人、横になりたくて、そのまま布団へ。

(このまま寝ちゃえたらラッキー、という気持ちもなくはなかった、とご本人も書いています…)

結局、いちばん先に寝てしまいました。

目が覚めると、奥さんは暗い寝室で、布団の上に座ってスマホを見ていた。

長男が寝るのに40分かかった。離れようとすると探して起きてしまった、と。

ご主人が「このあと1階行くの?」と聞くと、少し黙ってから「行くよ」。

「俺も起きるかぁ」と言うと、「私もお茶飲んだら寝るから、寝てて良いよ」。

それならと、ご主人は朝まで寝ました。

翌朝、奥様から届いていたLINEは、

「最初から2人の時間なんていらないと言ってくれたら良かった。期待した自分がすごく嫌だった」

というものでした。

家族ぐるみのお泊まりも、旅行も、もう行きたい気持ちになれない。

家を出るとき、「黙っていれば機嫌が直ると思ってるかもしれないけど、今回は違う」と言われた。

ご主人は、「先に寝たことの影響が、そんなに多岐にわたるのか」と驚いています。

そして、こう締めくくっていました。

家族ぐるみの泊まりには予定どおり参加したいので、それまでに収拾させたい、と。

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「寝てて良いよ」は、最後の確認だった

コメント欄が燃えたのは、たぶん、この最後の一文です。
ことの重大さを理解していないご主人の意識がこの最後の言葉に現れていたから。

でも、私がいちばん引っかかったのは、そこではありませんでした。

「そんなに話したいことがあったなら、あんな風に言わずに、素直に言ってくれたら良かったのに」とご主人は書いてて、

ご主人は、「寝てて良いよ」を、そのまま信じたのです。

奥さんの側から見ると、あの「寝てて良いよ」は、最後の確認だったと思うのです。

40分かけて寝かしつけて、案の定先に寝てしまった旦那を暗い中でじっと待って。

「起きて、話そう」と、もう一度お願いする力は、もう残っていない。

もう一度お願いして、また流されたら、今度こそ立ち直れないから。

だから、相手に選ばせた。

そしてご主人は、寝るほうを選んだ。

奥さんにとっては、昨夜の一回の話ではなかったのですね。

「映画を一緒に見たい」
「子どもを預けてランチに行きたい」
「有給を合わせて出かけたい」

何度も言ってきて、一度も実現しなかったことの、最後の一回。

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手は貸していた。でも、向き合ってはいなかった

じゃあ、このご主人は、冷たい人なのでしょうか。

相談を何度か読み返して、私はそうは思えなくなりました。

在宅を増やしてもらうよう会社に交渉した。

保育園の送りをしている。

家事も一通りやっている。

不要な飲み会は断っている。

「一緒に住んで、家族のために働くことが、妻を大事にしていることだと思っている」とも書いています。

彼なりに、ちゃんとやっている「つもり」なのです。

そして、ここがすれ違いのいちばん深いところだと思うのですが。

奥さんが話したかった、七五三、ランドセル、習い事、旅行。

これ、全部「家族のこれから」を考える仕事なのですよね。

いつ、どこで、いくらで、誰に連絡して。

家事や送り迎えという「仕事」は分担できていても、この「これからの自分たちを考える仕事」は、たぶんずっと奥さん一人が抱えていた。

奥さんがほしかったのは、映画やランチそのものより、

「一緒に向き合って考えてくれる人」が、そこにいることだったのではないかな〜と思うのです。

映画、ランチもそれを象徴するイベントなだけ。(だって、向き合いたくない人と映画もランチもしたくないのですから)

ご主人は、手は貸していた。

でも、向き合うことはやっていなかった。

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「1つダメだと全部ダメ」に見える脳の中で起きていること

ご主人は、奥さんのことを「やや感情的で、考えが飛躍しすぎ。1つダメだと全部ダメのような」と書いています。

これは、脳の側から見ると、ちょっと違う景色になります。

小さい子が2人いて、フルタイムで働いて、毎晩40分の寝かしつけ。夜中も起こされる。

脳は、体の中でいちばんエネルギーを使う場所で、その主な燃料は糖です。

2013年に『Trends in Neurosciences』に出たレビュー(Mergenthaler et al., 2013)は、

脳の働きの土台は、糖の代謝がきちんと回っていることにあり、そこが乱れることが多くの脳の不調の背景にある、とまとめています。

寝不足が何年も続き、燃料も足りない。

すると脳は、ストレスのホルモンで無理やり自分を回すようになります。

アドレナリンやコルチゾールで、なんとか血糖を引っぱり出して、今日一日を乗り切る。

この状態の脳で、何が起きるか。

2007年に『Current Biology』に出た、カリフォルニア大学バークレー校のウォーカー博士らの研究があります(Yoo et al., 2007)。

タイトルがそのまま答えになっていて、

「眠っていない脳では、感情をつかさどる扁桃体と、それをなだめる前頭前野とのつながりが切れる」というものでした。

それどういうことかというと、

扁桃体は、「危ない!」と警報を鳴らす場所です。

前頭前野は、「いや、大丈夫。これは一回のことだよ」と、その警報に落ち着いてブレーキをかける場所。

このブレーキ役との回線が細くなると、警報だけが大きく鳴りつづける。

だから、ちょっとしたことが、大きな危険のように感じられる。

ひとつの出来事が、過去の全部とつながって見える。

これは、性格の問題ではなく、余裕のなくなった脳が、身を守ろうとしている状態なのです。

「産後クライシス」という言葉がありますよね。

出産後、数年のあいだに、夫婦の愛情が急に冷え込んでしまう現象のことです。

私は、その土台にあるもののひとつが、お母さんの脳の、長いエネルギー切れだと思っています。

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共感は、燃料のいる仕事

そして、ここからが、いちばん考えたかったことです。

ご主人の脳も、たぶん、燃料が足りていません。

「相手の気持ちを想像する」

「言葉の裏にあるものを読む」

「相手に共感する」

「自分から話を切り出す」

これは、脳にとって、ものすごく「労力のかかること」です。

2014年に『Journal of Sleep Research』に出た、カナダのカルガリー大学の研究があります(Guadagni et al., 2014)。

健康な37人を3つのグループに分けて、

ひと晩まったく眠らなかったグループと、いつも通り家で眠ったグループ、同じ日のうちに2回テストしたグループとで、「共感する力」をくらべました。

人が感情を動かされている場面を見て、どれだけ心配の気持ちがわくか。自分の体がどれだけ反応するか。

結果、ひと晩眠らなかったグループだけ、そのどちらもはっきり下がっていました。

それどういうことかというと、

共感というのは、やさしさや性格の前に、脳に余力があるかどうかで、出たり出なかったりするもの、ということです。

脳は燃料が足りないと、労力のかかることから後回しにします。

ご主人の「そっと見守る」。

「今はそういう時期だから」。という動き方、

これ、外から見ると「何もしない」なのですが、脳の中では、たぶん「省エネ」なのです。

一番先に寝てしまったのも、本人の言葉どおり、本当に眠かったのだと思います。

「寝てて良いよ」を言葉どおりに受け取るのも、裏を読む余力がないと、そうなる。

そして、今まで奥さんが時間が経つとケロッとしていたのは、

見守っていたから直ったのではなく、奥さんが、自分の力で、ひとりで立ち直ってきただけ。

その「ひとりで立ち直る力」が、とうとう尽きた。

それが、今回の「今回は違う」なのだと思います。

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どちらが悪い、ではなく

コメント欄の女性たちが、あれだけ言わずにはいられなかったのは、

みんな、どこかで、ひとりで立ち直ってきた経験があるからなのかな〜と思いました。

ご主人を責めたくなる気持ちも、すごく分かります。

でも、責められて変われるほどの燃料が、彼の脳に残っているかというと….。

どちらかが悪い、という話ではなくて、

二人とも、燃料が足りないまま、何年も走り続けてきた。

先に尽きたのが、より多くを抱えていた奥さんのほうだった。

そういうことなのではないでしょうか。

もしこのご主人に、ひとつだけ伝えられるとしたら。

お泊まりまでに収拾させよう、と思わないでくださいね、ということです。

それは、また奥さんに「ひとりで立ち直って」とお願いすることと、同じになってしまうから。

まずは、自分が何を分かっていなかったのかを、自分の言葉で奥さんに伝えること。

うまく言えなくてもいいのです。

ずっと、ひとりで考えさせていたこと。

ずっと、ひとりで立ち直らせていたこと。

そして、ふたりとも、脳に燃料を戻していくこと。

余裕のない脳同士では、どんなに話し合っても、すれ違いの上塗りになってしまうことが多いのです。

あなたの家では、どうでしょう。

「考える仕事」を、誰か一人が抱えていないでしょうか。

そして、その人の脳に、燃料は届いているでしょうか。

参考文献
Mergenthaler P, Lindauer U, Dienel GA, Meisel A. Sugar for the brain: the role of glucose in physiological and pathological brain function. Trends in Neurosciences. 2013;36(10):587-597.
Yoo SS, Gujar N, Hu P, Jolesz FA, Walker MP. The human emotional brain without sleep–a prefrontal amygdala disconnect. Current Biology. 2007;17(20):R877-878.
Guadagni V, Burles F, Ferrara M, Iaria G. The effects of sleep deprivation on emotional empathy. Journal of Sleep Research. 2014;23(6):657-663.


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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