「旧石器時代の人類はケト食だった」は本当? 狩猟採集民の食事とミトコンドリアから考える糖質の話

ある時、実践講座の個別相談でこう言われました。

「やっぱりケトジェニックが正解なんじゃないかと揺れます。発信している人の言うことを聞くと、旧石器時代の人間はケト食だったって聞いて。糖質って、人間に本来必要ないんじゃないかって思い始めて……」

私は、しばらく黙りました。

(この人に、ちゃんと伝えなきゃ)

そう思って。

……少し前に、「知識よりも私のリアルを届けたい」って書いたばかりなのに(笑)、今日はがっつり生化学の話をします。

(でも、これが今の私のリアルなので!)

目の前のクライアントさんが、根拠の薄い情報を信じて、自分の体を追い詰めていく。生化学的なメカニズムを知らないと、どんどんその理論に惑わされていく。
それを見て、黙っていられない気持ちになります。

「旧石器時代の食事=ケト食」「だから糖質はいらない」。

今日は、この説に細胞レベルの視点から、反論させてください。

1. そもそも「旧石器時代の食事=ケト食」は本当か?

ケトジェニック食の支持者がよく言うのが、「人類は何百万年もケトン体で生きてきた」という話です。

でも、ちょっと待ってください。

これは、歴史的・人類学的に見ても、かなり粗い話なんです。

現在、最もよく研究されている現存の狩猟採集民のひとつ、タンザニアのハッザ族を見てみましょう。

彼らのカロリーの約40〜50%は、蜂蜜と果物から摂っています。

そう、糖質です。

しかも蜂蜜は、グルコース+フルクトース(果糖)の組み合わせ。Ray Peat博士が「理想的なエネルギー源」と呼ぶものそのものです。

アフリカの初期人類が暮らしていた熱帯・亜熱帯地域には、フルーツが一年中実っていた。

根菜類、塊茎、果物、蜂蜜……これらは「旧石器時代の食材」のまごうことなきメンバーです。

「旧石器時代人は肉しか食べていなかった」
「脂肪でケトン体を作り、それで生きていた」

これは、北極圏の一部の民族(イヌイットなど)をモデルにした非常に偏ったイメージです。

人類の全歴史を通じて見ると、糖質は常に主要なエネルギー源の一つでした。

2. 細胞は「糖」を好む──ミトコンドリアの真実

ここからが本題です。

では、体の細胞は本当は何を使ってエネルギーを作りたいのか?

Ray Peat博士(米国オレゴン大学・博士号取得、生化学・生理学の研究者)が数十年にわたって強調してきたのは、これです。

「ミトコンドリアにとって、糖は最も効率的な燃料である」

少し詳しく説明しますね。

ミトコンドリアの役割は、ATP(体のエネルギー通貨)を作ることです。

グルコースを燃やしてATPを作るとき、同時に二酸化炭素(CO₂)が発生します。

「え、CO₂って毒じゃないの?」と思うかもしれません。

ところがPeat博士は、このCO₂こそが、細胞の「守り神」だと言っています。

CO₂は:

・血管を拡張して、組織への酸素供給を増やす
・細胞のpHを安定させる
・ホルモンの働きをサポートする
・炎症を鎮める作用がある

グルコースを燃やすほど、CO₂が産生される。

つまり糖質をちゃんと代謝できている体は、CO₂が豊富な、健康な体なのです。

これが「プロメタボリック」の考え方の核心のひとつです。

3. 脂肪を燃やすとどうなるか?

「でも、ケトン体でもエネルギーは作れるでしょ?」

はい、作れます。

でも、ここが重要なんです。

脂肪酸をβ酸化でエネルギーに変えるとき、ミトコンドリアには何が起きるか。

フリーラジカルの産生が増え、ミトコンドリア膜への酸化ダメージが大きくなります。

しかも、脂肪酸(特に多価不飽和脂肪酸=プーファ)は、ミトコンドリアの呼吸連鎖の鍵を担う酵素を阻害することが示されています。

これはPeat博士が繰り返し強調してきたことでもあります。

「脂肪をメインに燃やす体」というのは、ミトコンドリアにとってはエネルギー効率が低く、ダメージリスクも高い状態なんです。

さらに。

糖質を極限まで制限すると、体はどうなるか。

コルチゾール(ストレスホルモン)が上がります。

コルチゾールは筋肉を分解して糖を作り出す(糖新生)という機能を持っています。

つまり「糖を食べない」は、「自分の体を食べる」に変わっていく。

長期的に糖質を制限すると:

・甲状腺機能が低下する(T4→T3への変換が落ちる)
・基礎代謝が下がる
・生殖機能が落ちる
・睡眠の質が下がる
・気分が不安定になる

これらはすべて、体が「飢餓状態」と認識したときのサバイバル反応です。

ケト食を続けて「元気になった!」という人もいます。

でもそれは多くの場合、「最初の数週間〜数ヶ月」の話。そして体が実はプーファの毒抜きをしていることで改善しているケースが多いと私は考えています。

長期的なケト食が体に何をしているか、もっと目を向ける必要があります。

3.5 【科学が示していること】「ケト食と甲状腺」の実際のデータ

「甲状腺が低下する」という話、私がずっと言ってきましたが、

「それ、ちゃんとした研究あるの?」

……そう思っている方のために、今日は実際の論文データをご紹介します。

PubMedという医学論文データベースで、私が実際に調べました。

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■ 研究① 2025年・医学論文レビュー(欧州)

「ケトジェニック食と甲状腺機能:デリケートな代謝のバランス」

複数の研究をまとめたこのレビューでは、こんなことが報告されています:

・ケト食を続けると、「活性型T3」という甲状腺ホルモンが低下する
(これが”代謝を動かす”ホルモンです)

・なぜか? インスリンが低い状態が続くと、T4(不活性型)を
T3(活性型)に変換する酵素の活性が下がるから

・コルチゾール(ストレスホルモン)が上がると、さらにこの変換が阻害される

・食物繊維が少なくなると腸内細菌が変わり、
T3変換を助ける酪酸産生菌が減ってしまう

・女性はもともとレプチン(脂肪を知らせるホルモン)が高めなので、
ケト食によるレプチン低下の影響を受けやすく、月経不順のリスクも

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■ 研究② 2024年・栄養学レビュー(国際共同研究チーム)

「肥満・肥満関連の甲状腺機能障害とVLCKD(超低カロリーケト食)」

このレビューで引用されている研究の中に、こんなものがあります:

▼ ランダム化クロスオーバー試験(健康な成人11名)
→ ケト食群でT3が統計的に有意に低下(p=0.003)
TSH・T4は変化なし

つまり「検査では異常なし」なのに、実際に細胞を動かすT3だけが下がっている。
これが「隠れた甲状腺機能低下」です。

▼ 小児てんかん患者の追跡研究(120名・1年以上)
→ なんと 16.7%(5人に1人) が甲状腺機能低下を発症
→ そのうち多くがレボチロキシン(甲状腺ホルモン薬)が必要な状態に

独立したリスク因子:「ベースラインのTSHが高め」「女性であること」

▼ 4585名の大規模横断研究(クロアチア)
→ 高糖質食の人ほどT3・T4が高く、甲状腺機能が良好
→ 高脂肪食の人は逆の相関
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数字で見ると、よりくっきりしますよね。

「ケト食でT3が下がる」は、今や研究者の間でかなり一致した見解です。

問題は「TSH(甲状腺の血液検査)は正常なのに、実際には機能が下がっている」
という状況が起きること。

病院で「甲状腺は異常なし」と言われても、体は冷え・疲れ・代謝低下を感じている。

……このギャップ、経験がある方、いらっしゃいませんか?

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■ なぜ「血液検査では異常なし」になるのか?

ここには、ちょっと面白いメカニズムが隠れています。

本来ならこうなるはずです。

T3が下がる → 脳がそれを察知 → TSH(甲状腺刺激ホルモン)を増やして
→ 甲状腺に「もっと作れ!」と指令を出す

これが正常なフィードバックの仕組みです。

でもケト食では、コルチゾールがこのループを途中で断ち切ってしまいます。

コルチゾールは、視床下部という脳の司令塔に作用して、
「甲状腺に指令を出すホルモン(TRH)」の分泌そのものを抑えてしまいます。

するとTSHも上がらず、甲状腺も「刺激」を受け取れない。

つまり。

糖質を制限する
→ 血糖が下がる
→ コルチゾールが上がる(血糖を保とうとして)
→ コルチゾールが脳の司令塔を「黙らせる」
→ TSHが上がらない
→ 甲状腺はT3をちゃんと作れない
→ でも「TSHは正常」だから血液検査は「異常なし」

これが、「病院では問題なし、でも体は絶不調」という謎の答えです。

コルチゾールが、検査を欺いているんですね。
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4. 果物と蜂蜜が答えだった

Peat博士が理想的な糖質として推奨するのは、果物・蜂蜜・果糖とグルコースの組み合わせです。

なぜフルクトース(果糖)も大事なのか?

フルクトースは、肝臓でグルコースをリン酸化する酵素(グルコキナーゼ)を活性化します。
これによって、肝臓のグリコーゲン(糖の貯蔵)が満たされやすくなる。

グリコーゲンタンクが満タンに近い状態だと、体はストレスホルモンを分泌しにくくなります。

逆に、空腹時や糖質制限中にグリコーゲンが枯渇すると、体はコルチゾールやアドレナリンを出してなんとか血糖を維持しようとします。

これが慢性ストレス状態の体の正体です。

蜂蜜や熟した果物は、ただ「甘い」だけじゃない。

細胞を守り、ミトコンドリアを働かせ、ストレス反応を鎮める、とてつもなく精巧な食べ物なんです。

旧石器時代の人類が蜂蜜と果物を食べていたのは、本能が「これが体にいい」と知っていたから、ではないでしょうか。

5. 「人類の歴史=ケト食」という神話の終わり

まとめましょう。

「旧石器時代の人はケト食だった」は、

① 人類学的に見て不正確(狩猟採集民は果物・蜂蜜・根菜を大量に食べていた)

② 細胞生化学的に見て不合理(ミトコンドリアはグルコースの方が効率よくATPを産生する)

③ 長期的な健康に反する(糖質制限はコルチゾール↑・甲状腺↓・代謝↓を招く)

糖質は、まったくもって体の敵ではありません。糖質で体調が悪くなるのは、それをうまく処理できない身体になってしまっているからであって、糖質そのものが悪ではないのです。

熟したフルーツを食べること。良質な蜂蜜を舐めること。ご飯を食べること。

これは、人間として何百万年もかけて設計された、体の設計図に沿った食べ方です。

「ケト食こそ本来の人間の食べ方」という言葉に出会ったとき、ぜひ今日の話を思い出してみてください。

細胞は、ちゃんと知っています。

自分が何を必要としているかを。

今日も読んでくださって、ありがとうございました。

「そうか、糖を食べていいんだ」

……そう思えた方がいたら、とても嬉しいです。


この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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