楽しみにしていた帰省だったのに、帰ってきたら寝込んでしまった。
家族で出かけた翌日、朝から起き上がれない。
夏休みが始まってから、なぜかずっと疲れが抜けない。
「気を遣ったから」「年齢のせい」「はしゃぎすぎた」
そう片づけられてきたと思います。
でも、これは性格の問題でも、体力の問題でもありません。
脳が使ったエネルギーの量に対して、供給が追いついていないのです。
今日は、お盆のような時期に起きていることを、代謝の視点から整理します。
脳は、体の中で最も燃費の悪い臓器
脳は、体の中で最も燃費の悪い臓器です。
重さは体重のわずか2%ほど。
それなのに、安静時に使われるエネルギーの約20%を消費します。
そして脳が主な燃料として使えるのは、基本的にグルコースだけです。
筋肉のように脂肪酸を燃やして代用するということが、脳にはできません。
(飢餓が続けばケトン体を部分的に使えるようになりますが、それは非常事態への適応であって、平常運転ではありません)
つまり脳は、糖の供給が細るとすぐに影響を受ける臓器なのです。
脳にとっての負荷は「量」ではなく「日常との差分」
ここで、こうした時期に起きていることを見ていきます。
「負荷」というと、仕事量や家事量を思い浮かべると思います。
でも脳にとっての負荷は、量ではありません。
日常との差分です。
普段は静かな環境で一人で作業している。
そこに子どもたちが出たり入ったりする状況が加わる。
物音がする。話しかけられる。中断される。また集中し直す。
作業の内容そのものは、何も変わっていません。
それでも、脳が使うエネルギー量は大きく変わります。
なぜか。
中断と再開のたびに、前頭前野が「今どこまでやっていたか」を保持し直し、注意の焦点を組み替えているからです。
この切り替えのコストは、認知科学の分野でスイッチングコストと呼ばれ、作業そのものより高くつくことが繰り返し示されてきました。
さらに、慣れない環境・慣れない人・慣れない予定は、それだけで新奇性としてHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)を働かせます。
楽しいイベントでも、これは同じように起こります。
体は「楽しい」と「危険」を、必ずしも区別していません。
区別しているのは「いつも通りか、いつも通りでないか」です。
だから、旅行も、帰省も、来客も、脳にとっては確実に高負荷の日なのです。
糖が足りないと、体は血糖を自前で作りにいく
では、負荷が上がったのに糖が足りないと、体は何をするか。
血糖を自前で作りにいきます。
副腎からコルチゾールとアドレナリンが出て、筋肉のタンパク質を分解し、糖新生によってグルコースを作り出します。
これは緊急手段としては優秀です。
血糖は確かに上がります。
ただし、代償があります。
コルチゾールは、甲状腺ホルモンT4からT3への変換を妨げ、不活性型のリバースT3を増やす方向に働きます。
T3は、細胞が糖を実際に燃やすために必要なホルモンです。
つまり——燃料が足りないので緊急対応をした結果、燃料を燃やす能力そのものが下がる。
この輪に入ると、休んでも回復しないという状態が固定されていきます。
修復は、夜に後回しにされる
体の修復は、主に眠っている間に行われます。
成長ホルモンの分泌、タンパク質の合成、損傷した組織の入れ替え、脳のグリンパティック系による老廃物の洗い流し。
これらはすべて、ATPを消費する能動的な作業です。
つまり修復とは、余ったエネルギーで自然に起こることではなく、エネルギーを支払って実行される仕事なのです。
ここに、順番があります。
脳は、限りあるエネルギーをまず目の前の事態への対応に配分します。
生き延びることが最優先だからです。
そのあとに、後回しにできる仕事——修復とメンテナンス——が回されます。
日中の負荷が高く、それをカバーするだけでエネルギーを使い切ってしまうと、夜に回すぶんが残りません。
指令が出ない。だから修復が進まない。だから翌朝に疲れが持ち越される。
「寝たのに疲れが取れていない」というのは、体が壊れているのではなく、修復の予算が確保できなかったということなのです。
夜中の2〜4時に起きていること
夜間に何が起きているかは、以前『「夜は眠いのに、眠れない」その正体は、糖の枯渇です。』でお伝えした通りです。
肝臓のグリコーゲン貯蔵は、多く見積もっても100g程度。
夜通しの脳の消費をまかなうには、決して余裕のある量ではありません。
日中の負荷が高かった日は、この貯蔵が寝る前の時点ですでに薄くなっています。
そして夜中の2〜4時、血糖が下がりきったところで、あの緊急対応が始まります。
コルチゾールとアドレナリンが出る。どちらも覚醒ホルモンです。
夜中に目が覚める。眠りが浅くなる。夢をたくさん見る。
Ray Peat博士が「夜間のコルチゾールサージ」と呼んで繰り返し警告していたのが、この状態です。
帰省や旅行のあとに寝込むというのは、この一連が数日続いた結果として見えているものです。
「疲れが取れない」は、切り捨てられた側から見た景色
Dr. Stephensが提唱するHuman Restoration Science(人体回復科学)では、不調の出発点を一貫して「脳のエネルギー不足」に置きます。
脳幹と視床下部が省エネモードに入ると、生命維持に直結しない機能から順に切り捨てられていく、という考え方です。
腸の自律制御が落ちる。
体温の維持が後回しになる。
そして、修復とメンテナンスが止まる。
「疲れが取れない」というのは、切り捨てられた側から見た景色なのです。
負荷が上がる日は、脳に届く糖を増やす
ここまでを踏まえると、対応はひとつしかありません。
負荷が上がる日は、脳に届く糖を増やす。
減らすのではなく、足す。
普通は逆をやってしまいます。
忙しいから食べる時間がない。
帰省先で気を遣うから、なんとなく控えめにする。
夏だから食欲がない。
でも脳の側から見れば、その日はいつもより多くの燃料を必要としている日です。
負荷に見合った量を入れていないだけで、意志の問題ではありません。
具体的には——
移動日・イベント日は、朝を抜かない。ここが一日の土台になります。
3〜4時間あいたら、少量でも糖を入れる。血糖を谷に落とさないことが目的です。
はちみつ、果物、果汁、牛乳、白いご飯といったシンプルな糖を選ぶ。消化にエネルギーを使わせないためです。
そして、負荷が高かった日ほど、就寝前の補食を省かない。夜中の緊急対応を起こさせないためです。
燃料は、足せば届きます
こうした時期に体調を崩すのは、体力がないからでも、気合いが足りないからでもありません。
負荷が上がったぶんの燃料を、足していなかった。それだけです。
そして燃料は、足せば届きます。
一緒に取り組んでくださっている方が、ストレスがかかったときに「より脳に届ける」ことを意識するようにしたら、気持ちの上でも体の上でもまったく変わった、と話してくださいました。
体は、ちゃんと応えてくれます。
お盆の時期は、どうか無理をせず、いつもより少し多めに食べて過ごしてください。
この記事は、石井恵子のニュースレターでお届けした内容をもとにしています。
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